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第二章

妖狸町中華9

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 剣鬼らしいアドバイスだ。
 教団指導者は死んでいて表に出てこないが、息子がいる。
 その息子を殺してしまえば、教団は権力争いで大混乱になる。
 教団上層部と政党上層部が争い、敦史君達に係わっている暇などなくなると言いたいのだろう。

 確かにその通りだ。
 腐れ外道の教団上層部など殺してしまえばいい。
 本音はその通りだ。
 だが、俺は人を殺したことがない。
 殺せと命令した事もない。

 剣鬼達は、何十人何百人もの敵をその手で殺している。
 恐らくだが、父王陛下やカリーファ兄上の命令で殺した事もあるだろう。
 父上王陛下もカリーファ兄上も基本的にはとても優しく慈悲深い。
 人を殺したいなどとは毛ほども思っていない
 だが現実問題として、武装民族運動には苦慮している。

 勢力境界線上の村々が襲われ、多くの人が殺されている。
 女子供が奴隷として連れ去られている。
 平和や友愛の御題目で、殺された人の無念を晴らす事はできない。
 奴隷にされた人達を助け出す事もできない。
 武力による討伐がどうしても必要だ。

 父王陛下は、跡継ぎのカリーファ兄上にも命令させていた。
 父王陛下は、自分が健在なうちに、カリーファ兄上を鍛えておられる。
 国に残る他の兄達にも、同じように非情の決断をさせておられた。
 国に残る以上、兄上達には軍役義務が伴う。
 ノブレス・オブリージュと言われる、王族や貴族に課せられた義務だ。

 だが俺は違った。
 国を出て商売をする。
 王位継承権を返上する。
 探偵になりたい。
 ずっとそう言い続けていた。

 父王陛下も兄上達も、そんな俺を優しく見守ってくれた。
 俺の我儘を許してくれていた。
 だから人を殺さずに済んだ。
 殺せと命令する事も避けられた。
 なのに、平和であるはずの日本に来て、殺人命令を下さなければいけないのか?

「まあ待て。
 急ぐ必要などない。
 本当に殺さなければいけないとも限らない。
 指導者の息子が係わっているとも限らない。
 県や市の教団上層部の独断専行と言う事もある。
 その場合は、証拠を集めてSNSで拡散しただけで、中央上層部が蜥蜴の尻尾切りをするのではないか?」

 弁慶が間に入ってくれた。
 正直今決断を下さずにすんでほっとした。

「そうですね。
 それが一番王子の負担が少ないでしょう。
 まずは防犯カメラの情報を集めましょう」

 剣鬼が直ぐに自分の案を取り下げてくれた。
 一気に胸にモヤモヤが消え去った。
 人を殺せと命令しなくて済むように、全力を投入する。
 だが父王陛下や母の力を借りることはできない。
 前回は甘え過ぎていた。
 でも、俺に付けられた防衛駐在官と専門調査員を使うのは許してね。
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