虐待され続けた公爵令嬢は身代わり花嫁にされました。

克全

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29話

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 璃久に押さえつけられた手の感触と温かさを逃したくなくて、ルークは自分の手を握りしめる。
 ルークは璃久が申し出てくれた時にやっぱり噛んでおけば良かったと少しだけ後悔する。断ったのは、璃久の血の味を覚えてしまうのが怖いからだ。
 璃久は全てが済んだら元の世界に帰さなくてはならない。『魔女の気紛れ』によって璃久の人生が歪められたのなら、ルークの願いを叶えた瞬間、『魔女の気紛れ』は終わるはずなのだ。そうすれば、璃久はきっと元の世界で穏やかに暮らせる。吸血鬼というものが居ない世界に戻るのだから、血に飢えて苦しむ事もない。
 ルークは大司教に嬲られながら、現実逃避するように頭では璃久の事を考えていた。
 ただでさえ信徒から集金するために『延命の儀式』でルークを多く呼びつけていたのに、璃久がこちらの世界に来た頃から更に頻度が上がっている。何かに勘付いたのか、それともルークが無意識のうちに違和感を与えてしまっているのか、『延命の儀式』に関係なく呼ばれ、ルークがどうにか躱そうとしても『悪魔の印』を使われた。
 一度穢されてしまった体は何度穢されようと同じだと思い、ルークは自分の容姿を武器に使ってきた。甘い声で鳴いてくれと言われればそうしたし、痛がって泣く様が好きだと言われればやはりその通りにした。
 だけど、璃久と再会して以降は、どんどん辛くなっていった。もうこれ以上無いほど穢れた体でもルークはいつしか璃久に触れてほしい気持ちを抑えられなくなってしまっていた。
 娼館から戻った日に大泣きして吹っ切れた璃久は、これまでの気を張っていた姿が嘘のように角が取れてルークに優しくなった。瑠夏を通して異世界に居た頃の、あの心底瑠夏が愛しいと全身で伝えてきていた璃久の面影と重なって、だけどそれがルークではなくルークの中に垣間見える瑠夏に向けられているのだと思うと、石を飲んだように心が重くなった。
 何度、瑠夏だと思って抱いてくれと言おうとしたか分からない。今日も大司教に邪魔をされなければ、あのまま璃久に唇を許していただろう。
 体は汚れ切り、璃久に命を絶たせたルークには、璃久に愛される資格など無いというのに。
「全くお前は美しい。『悪魔の印』は我ながら本当に素晴らしい最高の魔術だ! さぁ、その傑作で狂うお前を見せておくれ、ルーク」
 思考を中断されてルークは機械的に笑う。大司教の言葉に反応して勝手に笑い、勝手に媚びて、喜ばせるようデザインされた機械になる。
 ルークは二人の少年の人生を歪ませてその命を終わらせた。だからせめて、最初の願いの通り同胞を救い切るのだ。そのためには、璃久へ寄せる間違った想いを消さなくてはならない。
 深く目を閉じると同時に、心の瞼も下ろした。
 これで大司教に嬲られても苦しくない。璃久がルークの中の瑠夏に笑いかけても、苦しくない。



 一度だけ『悪魔の印』に抗えずに璃久を襲ってしまった事がある。二度とそんな事にならないように、大司教の用事が済んだ後はルークはひっそりと屋敷へ戻る事にしていた。
 前は馬車をやってルークを城へ連れ去ったが、最近は所かまわず大司教はルークを苛んだ。地下道を通り『延命の儀式』を行った後で、そのまま教会に飾られた神を象った彫像の前で騎士にルークを犯させる。下卑た笑みを浮かべて己の悪魔の力を用いてルークを屈服させるのだ。
 それが終わった後は脱がされた服をどうにか自分で着直して食堂から地下に下り、手燭もなく暗い地下道を通り抜け、もはやどこが痛いのかも分からない体を引きずり階段を登る。階段裏にある地下道への入口まで出ると大抵アルブスが不安げに待っているのだが、今夜はそこに白髪はくはつの少年の姿は無かった。
「璃久……」
 何でという思いが過ぎる。
 璃久はルークが男たちを相手に股を開き籠絡している事を嫌っている。大司教の手垢の付いたルークの体を嫌悪している。『悪魔の印』によって二度とルークに襲われないよう、璃久はルークが大司教に呼ばれた日は決して姿を現さなかった。だというのに、どうして今日に限ってルークを待っていたのだろうか。
 破けたシャツや床で擦られ汚れたコートを着た自分の姿が途端に恥ずかしくなって、璃久から顔を背けてしまう。こんな姿を璃久に見られたくない。
「璃久、今日は、その」
「使われたんだろ。印」
「そう。だから、近付かないで」
 ルークが後退ると視界の端で璃久が傷付いたような顔をするのが見えた。どうしてそんな顔をするのか分からないで戸惑っていると、ルークが一人では重たくて動かせない地下道を閉じるための鉄板を、璃久一人で閉めてしまった。それから無言でルークの方に向かってきて、有無を言わさず抱え上げられる。
「り、璃久!!」
「分かってる。風呂行くんだろ? アルブスが沸かしてくれてる」
「一人で行けるから、下ろしてっ」
 璃久は何故か怒っていて、その後浴室に着くまでルークの言う事を一切聞いてくれなかった。
 大理石の床の上に下ろされると、すっかりこちらの服に慣れた璃久はルークの服を手早く脱がしていく。
「璃久、璃久ってば!」
「俺が洗う」
「何で? 何で急にこんな事」
「アルブスが、時々浴室でそのまま朝まで気絶してる事があるって教えてきた。俺そんなの知らなくて……遠慮してたのが馬鹿らしくなったんだよ」
「アルブスが……」
 呆然としているうちにズボンに手を掛けられて、するりと下着ごと落とされ足元に蟠る。シャツ一枚になると暖炉の無い冷たい空気が腿を撫でていき、どうしても下腹部を意識せずにはいられない。そこはまだ『悪魔の印』の影響が残っていて、緩く芯を持ってしまっている。
 強制的に淫らにされた自分の体があまりに恥ずかしくてシャツの裾を引っ張って隠していると、璃久はベストを脱いでズボンとシャツを捲りあげて、最後の砦であるルークのシャツまで脱がそうと手を掛ける。
「ボタン外すぞ」
「待って! 自分で脱げるから!」
 鎖骨の辺りに当たった璃久の指にびっくりして反射的に叫んでいた。



 一糸纒わぬ姿になると自分の反応している場所を隠せなくなり、その心許なさに俯きがちに浴室の中に入る。こちらの世界の風呂にはシャワーなんて便利な物はなく、基本的に大鍋で沸かしたお湯をバスタブに張って水でうめて、それを手桶で汲んで大きな盥に溜めながら洗う。
 ルークは璃久に言われておずおずと盥に座ると、璃久は手に石鹸をつけて泡立てて、まずはルークの腕を洗い始めた。
「あの、浴用の布、あるよ?」
「知ってるよ。俺だって風呂使ってんだから。こっちの布ってあんま柔らかくないだろ。これ以上お前の肌に傷付けたくない」
「そう……」
 璃久は誰にでも手を差し伸べる事が出来る人だ。でも今はその優しさが苦しい。そういう正義感を持てる人だからこそこの世界に呼んだのに、自分を通して瑠夏を感じるためならそんな優しさなんていらないと思ってしまう。思ってしまうのに、優しく触れられるとどうしても彼の手を拒めなかった。璃久の手だと思うとその事で頭が一杯になる。
 腕の次は背中を向けさせられる。後ろで璃久が息を詰めたのが分かった。そこは鞭で打たれて皮膚が裂けているはずだ。慣れた感覚なので傷の程度は見なくとも分かる。薄っすらと血が滲み、きっと脱いだシャツにもいくらか血が付いていたはず。
 璃久は背中には石鹸を使わなかった。
「滲みるぞ」
 程よい温度の湯がそっと背中に掛けられる。ジクジクと傷に滲みて歯を食い縛ると、口元に手が伸びてきて柔く唇をなぞられた。
「あんま噛むな。吸血鬼は歯が命だろ」
「っうん……」
 璃久の触れたところが熱い。印のせいで反応しているが、心が璃久を求めて体を唆しているのが分かってしまう。だって心臓が痛いくらい鳴っている。収まれと念じても体は一向に言う事を聞いてくれない。
 背中の後は、盥の外に足を出させられ、下から順に洗われて、とうとう股の所に璃久の手が辿り着く。
「指、入れる。いいな?」
「よ、良くないよ!」
「中に出されてるだろ? 足のところに垂れてたから隠しても無駄だぞ」
 カァッと耳まで熱くなる。
 さすがに中まで洗われては我慢も何も利かなくなりそうだと駄目と言って璃久の胸に手を置き突っ張ったが、傷の少ない腰の辺りを抱き寄せるようにされると、ルークの気持ちとは裏腹に体は璃久に従ってしまう。軽く璃久に寄りかかった体勢になると、璃久の手が探るように尻を撫でた。それだけで勝手に尻の筋肉がきゅっと縮んでしまう。
「ゆっくりするから痛かったら言って」
「や、璃久……!」
 尻の肉をかき分けるとすぐにそこを見つけ、ぬぷ、と吐き出された物の滑りを借りて璃久の指が一本侵入してくる。
「だめっ、汚いから!」
「何が? 汚いのはお前を犯す男どもだろ」
「そうじゃなくて、本当に汚いから……っ」
 掻き出すために指を中で曲げられるとどうしても感じてしまって体が仰け反った。璃久は複雑な顔をしている。
「僕の体は、『瑠夏』みたいに綺麗じゃ、ないから」
「は? 何でそこで瑠夏の名前が出てくるんだよ」
「瑠夏に触ったのは璃久だけなんだよ。璃久だけに許した体は、とても綺麗だった。好きな人にだけ抱かれて、瑠夏は綺麗なまま死ねた」
「何だよそれ……!」
「あっ!」
 奥の方で璃久の指が曲がる。耳障りな音を立てて大量に出された物がドロドロと腹の奥から流れ出す。
「それがお前が死んだ理由?」
「違うよ。だから何度も言って、る……っ、魂が消えたからって」
「他にもあるって言ったろ」
「それは、全部が済んだら」
 ルークが頑なでいると璃久は苦い顔になって唇を引き結んだ後、暫く考えてから質問の方向を変えた。
「……じゃあ教えて。『瑠夏』は『璃久』の事、本当に好きだった?」
 どうしてそんな訊き方をするのか不思議に思う。何だか自分たちではない誰か別人の話をしているような訊き方だ。しかしそれはルークの強張って開かなくなったあの日の気持ちを少しだけ緩めてくれた。
「瑠夏は、璃久が好きだったよ」
「そう」
 そして璃久は嬉しそうに笑うのだ。
 涙が出そうになって堪えた。今泣くのは違うと思った。
 璃久への想いに蓋をしたはずなのに、苦しい。瑠夏の事であっという間に当時に戻って幸せそうに笑う璃久を見るのは、もう嫌だ。
「んっ!?」
 気付けば、笑みを象る璃久の唇に自分のそれを押し付けていた。
「んむっ、は……」
 瑠夏の事を忘れてほしい。今璃久の前に居るのはルークなのだ。だからルークを見てほしい。
 忘れて、忘れてと祈るように思いながら、璃久の吐いた息を一片も取りこぼさないように何度も唇を重ねる。
「ルー、ク」
 そう、僕はルークだ。瑠夏じゃない。瑠夏と魂を共鳴し彼の体を自在に操って璃久を誑かしたのはルークだ。
「今日だけでいいから。僕を見て。瑠夏の事を忘れて、璃久」
 璃久はよく分からないという顔をしたが、反論されたくなくてすぐに口を塞ぐ。
 璃久のたった一本の指で高められたルークは空っぽになってしまったそこからほとんど精液を出さずに果ててしまった。
 その後ルークは気を失った。目を覚ました時には背中に軟膏が塗られてあり、口の中に薄っすらと血の味を感じた。璃久の腕には一筋の切り傷が出来ており、ルークが気を失った後で璃久が血を飲ませてくれたのだと分かった。
 恥ずかしさと情けなさと、そしてどう足掻いても璃久の心は手に入れられないのだと悟った絶望で、お礼を言う事さえも出来なかった。
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