12 / 106
徳川家基毒殺未遂事件
長谷川一門
しおりを挟む
「わざわざの御出迎え、ありがとうございます」
「なになに、この度の急な取り立て、上様や御老中の信認熱き証拠である。これは長谷川一門にとって何よりの事、そろって迎えるに足る吉事である」
「左様左様、一朝事あらばこの面々で轡を並べて戦うのだ。吉事を供に祝い、凶事を共に哀しむのは当然だ」
「ありがとうございます」
幕臣には色々な習俗があったが、その中の一つに、江戸城で吉事の申し渡しがある時には、親戚中の当主が集まり、下城してくる吉事の当事者を、麻裃を着て式台で迎える習俗があった。
例を挙げれば、初御目見えや家督相続や昇進などの吉事の場合は、上役が申し渡しを行うために召し状を送って来る。
召し状を受けた者は親戚中に奉書を配るのだ。
奉書を受けた親戚は、当主がそろって式台で出迎えるのだ。
今回は余りに急な将軍との御目見えであり、普段は行われる召し状や申し渡しが省かれてしまったので、改めて形だけ小姓頭取が申し渡しをすることになり、その日に親戚が集まったのだ。
集まったのは千四百五十石を領する本家の長谷川太郎兵衛正直を筆頭に、本家を凌駕する四千七十石を領する長谷川久三郎正脩と、本家から分知された五百石の長谷川内膳正珍に加え、岳父の大橋与惣兵衛親英だった。
岳父の大橋与惣兵衛親英は二百俵取りの旗本なのだが、現在六百石相当の新番組頭を務めており、四百石の足高を受ける状態だった。
長谷川平蔵の吉事であるため、この後酒宴となったわけだが、平蔵は西の丸にいる家基の事が心配で仕方がなかった。
上様も田沼様も全力で家基様を護ろうとなされてはいるが、既に上様の御子が幾人も殺されているのが心配だったのだ。
家基様の周りを、紀州系の旗本で固めておられるようだが、犯人であろう一橋卿も紀州系だ。
上様や田沼様が信頼されている者の中に、一橋卿に通じている者がいないとは言えない。
誰よりも疑わしいのが、一橋家家老を務める田沼意致だ。
田沼様の甥ではあるが、自身が田沼様に成り代わろうとしている可能性もあると疑っていた。
「ところで平蔵、あの噂は本当なのか」
「大伯父上、それを聞かれますと命懸けの御奉公となります」
「上様の為なら命を賭ける覚悟は出来ておる」
平蔵は残る三人に視線を投げかけた。
「命懸けの覚悟がなければ、番方など務まらんぞ」
新番方の番士を務める長谷川内膳が生真面目に答える。
「命懸けの御奉公を務めてきたからこそ、組頭の役目を頂いておる」
平蔵の岳父、大橋与惣兵衛が自信をにじませて答えるが、それもそうだろう。
伊達や酔狂で四百石もの足高を頂いている訳ではない。
激しい競争に勝ち抜いて、役目を務めたからこそ、持ち高以上の役目に抜擢されているのだ。
「儂ももう一働きしたいものだ」
持筒頭を務める長谷川久三郎が悔しそうにこぼす。
役高千五百石の持筒頭では、四千七十石を領する長谷川久三郎には不足なのだろう。
石高に応じた番方の役目と言えば、両番と評される花形の書院番頭や小姓組番頭、格は少し落ちるが三千石高の鉄砲百人組頭となる。
「その為なら命を賭けても惜しくはない」
「大納言様を御護りするために、命を賭けることも、汚れ役を務める覚悟も必要でございますが、皆様にその覚悟は御有りですか」
平蔵は殺気を込めた目で一門の当主に視線を向けた。
「なになに、この度の急な取り立て、上様や御老中の信認熱き証拠である。これは長谷川一門にとって何よりの事、そろって迎えるに足る吉事である」
「左様左様、一朝事あらばこの面々で轡を並べて戦うのだ。吉事を供に祝い、凶事を共に哀しむのは当然だ」
「ありがとうございます」
幕臣には色々な習俗があったが、その中の一つに、江戸城で吉事の申し渡しがある時には、親戚中の当主が集まり、下城してくる吉事の当事者を、麻裃を着て式台で迎える習俗があった。
例を挙げれば、初御目見えや家督相続や昇進などの吉事の場合は、上役が申し渡しを行うために召し状を送って来る。
召し状を受けた者は親戚中に奉書を配るのだ。
奉書を受けた親戚は、当主がそろって式台で出迎えるのだ。
今回は余りに急な将軍との御目見えであり、普段は行われる召し状や申し渡しが省かれてしまったので、改めて形だけ小姓頭取が申し渡しをすることになり、その日に親戚が集まったのだ。
集まったのは千四百五十石を領する本家の長谷川太郎兵衛正直を筆頭に、本家を凌駕する四千七十石を領する長谷川久三郎正脩と、本家から分知された五百石の長谷川内膳正珍に加え、岳父の大橋与惣兵衛親英だった。
岳父の大橋与惣兵衛親英は二百俵取りの旗本なのだが、現在六百石相当の新番組頭を務めており、四百石の足高を受ける状態だった。
長谷川平蔵の吉事であるため、この後酒宴となったわけだが、平蔵は西の丸にいる家基の事が心配で仕方がなかった。
上様も田沼様も全力で家基様を護ろうとなされてはいるが、既に上様の御子が幾人も殺されているのが心配だったのだ。
家基様の周りを、紀州系の旗本で固めておられるようだが、犯人であろう一橋卿も紀州系だ。
上様や田沼様が信頼されている者の中に、一橋卿に通じている者がいないとは言えない。
誰よりも疑わしいのが、一橋家家老を務める田沼意致だ。
田沼様の甥ではあるが、自身が田沼様に成り代わろうとしている可能性もあると疑っていた。
「ところで平蔵、あの噂は本当なのか」
「大伯父上、それを聞かれますと命懸けの御奉公となります」
「上様の為なら命を賭ける覚悟は出来ておる」
平蔵は残る三人に視線を投げかけた。
「命懸けの覚悟がなければ、番方など務まらんぞ」
新番方の番士を務める長谷川内膳が生真面目に答える。
「命懸けの御奉公を務めてきたからこそ、組頭の役目を頂いておる」
平蔵の岳父、大橋与惣兵衛が自信をにじませて答えるが、それもそうだろう。
伊達や酔狂で四百石もの足高を頂いている訳ではない。
激しい競争に勝ち抜いて、役目を務めたからこそ、持ち高以上の役目に抜擢されているのだ。
「儂ももう一働きしたいものだ」
持筒頭を務める長谷川久三郎が悔しそうにこぼす。
役高千五百石の持筒頭では、四千七十石を領する長谷川久三郎には不足なのだろう。
石高に応じた番方の役目と言えば、両番と評される花形の書院番頭や小姓組番頭、格は少し落ちるが三千石高の鉄砲百人組頭となる。
「その為なら命を賭けても惜しくはない」
「大納言様を御護りするために、命を賭けることも、汚れ役を務める覚悟も必要でございますが、皆様にその覚悟は御有りですか」
平蔵は殺気を込めた目で一門の当主に視線を向けた。
11
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる