幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全

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徳川家基毒殺未遂事件

長谷川一門

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「わざわざの御出迎え、ありがとうございます」
「なになに、この度の急な取り立て、上様や御老中の信認熱き証拠である。これは長谷川一門にとって何よりの事、そろって迎えるに足る吉事である」
「左様左様、一朝事あらばこの面々で轡を並べて戦うのだ。吉事を供に祝い、凶事を共に哀しむのは当然だ」
「ありがとうございます」
 幕臣には色々な習俗があったが、その中の一つに、江戸城で吉事の申し渡しがある時には、親戚中の当主が集まり、下城してくる吉事の当事者を、麻裃を着て式台で迎える習俗があった。
 例を挙げれば、初御目見えや家督相続や昇進などの吉事の場合は、上役が申し渡しを行うために召し状を送って来る。
 召し状を受けた者は親戚中に奉書を配るのだ。
 奉書を受けた親戚は、当主がそろって式台で出迎えるのだ。
 今回は余りに急な将軍との御目見えであり、普段は行われる召し状や申し渡しが省かれてしまったので、改めて形だけ小姓頭取が申し渡しをすることになり、その日に親戚が集まったのだ。
 集まったのは千四百五十石を領する本家の長谷川太郎兵衛正直を筆頭に、本家を凌駕する四千七十石を領する長谷川久三郎正脩と、本家から分知された五百石の長谷川内膳正珍に加え、岳父の大橋与惣兵衛親英だった。
 岳父の大橋与惣兵衛親英は二百俵取りの旗本なのだが、現在六百石相当の新番組頭を務めており、四百石の足高を受ける状態だった。
 長谷川平蔵の吉事であるため、この後酒宴となったわけだが、平蔵は西の丸にいる家基の事が心配で仕方がなかった。
 上様も田沼様も全力で家基様を護ろうとなされてはいるが、既に上様の御子が幾人も殺されているのが心配だったのだ。
 家基様の周りを、紀州系の旗本で固めておられるようだが、犯人であろう一橋卿も紀州系だ。
 上様や田沼様が信頼されている者の中に、一橋卿に通じている者がいないとは言えない。
 誰よりも疑わしいのが、一橋家家老を務める田沼意致だ。
 田沼様の甥ではあるが、自身が田沼様に成り代わろうとしている可能性もあると疑っていた。
「ところで平蔵、あの噂は本当なのか」
「大伯父上、それを聞かれますと命懸けの御奉公となります」
「上様の為なら命を賭ける覚悟は出来ておる」
 平蔵は残る三人に視線を投げかけた。
「命懸けの覚悟がなければ、番方など務まらんぞ」
 新番方の番士を務める長谷川内膳が生真面目に答える。
「命懸けの御奉公を務めてきたからこそ、組頭の役目を頂いておる」
 平蔵の岳父、大橋与惣兵衛が自信をにじませて答えるが、それもそうだろう。
 伊達や酔狂で四百石もの足高を頂いている訳ではない。
 激しい競争に勝ち抜いて、役目を務めたからこそ、持ち高以上の役目に抜擢されているのだ。
「儂ももう一働きしたいものだ」
 持筒頭を務める長谷川久三郎が悔しそうにこぼす。
 役高千五百石の持筒頭では、四千七十石を領する長谷川久三郎には不足なのだろう。
 石高に応じた番方の役目と言えば、両番と評される花形の書院番頭や小姓組番頭、格は少し落ちるが三千石高の鉄砲百人組頭となる。
「その為なら命を賭けても惜しくはない」
「大納言様を御護りするために、命を賭けることも、汚れ役を務める覚悟も必要でございますが、皆様にその覚悟は御有りですか」
 平蔵は殺気を込めた目で一門の当主に視線を向けた。
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