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第一章

第80話:完全勝利

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 皇紀2223年・王歴227年・早春・ロスリン城

「皇国侯爵就任、おめでとうございます」

「「「「「おめでとうございます」」」」」

 爺様が音頭を取って、一族家臣全員が祝ってくれる。
 カンリフ公爵との和平交渉は俺の一方的な大勝利に終わった。
 俺が想定していた以上の大勝利になってしまい、今も跡始末に奔走している。
 周囲の嫉妬が面倒なのだが、どうしても確保しておくべき条件があったので、仕方なく必要以上の利を受け入れたのだ。

 フリーク侯爵は、爺様との交渉で信じられないほどの譲歩を見せてきた。
 その譲歩の大きさは、俺自身が交渉の場に赴かなければいけないほどだった。
 まず一番大きかったのは、首都地方の割譲だった。
 王を傀儡にして王国を支配しているカンリフ公爵にとって、絶対に手放せないはずの首都地方を割譲すると言うのだ。
 爺様に任せて格の違いを見せようとしていた俺が、予定を変えて出向いた理由も分かってもらえると思う。

 だが、冷静に考えれば、カンリフ公爵の判断が合理的なのが分かるだろう。
 首都地方を守り切ろうと思うと、領地が接している三地方を全て支配している俺を、常に警戒しなければいけなくなる。
 それでなくても首都地方はとても護り難い場所なのだ。
 だが首都地方を俺に渡してブルース地方に撤退すれば、険しい山越えを除けば、とても狭い渓谷を護るだけで俺の戦力を封じられる。
 しかも首都地方を得た俺は、嫉妬した周囲の貴族や騎士に狙われる事になる。

 何度も死地を切り抜けてきたカンリフ公爵は、矢張りとても強かだ。
 それに、今までの交渉の経過から考えれば、首都地方を得た以上、皇帝陛下や皇族の方々への領地割譲は俺が保証しなければいけなくなる。
 交渉条件であるアザエル教団への攻撃が、強く出られなくなると思ったのだろう。
 だがこの程度の事で、最大の目標であるアザエル教団潰しを諦める気はなかった。
 一番大切な事だと言って首都地方割譲を受けない事も考えたのだが、カンリフ公爵はとても狡猾で、こちらが割譲を受けない場合の手を考えていた。

 事もあろうに、フリーク侯爵の後継者に俺の従弟アルロを据えると言ってきた。
 正室であるリンスター選帝侯家の姫が産んだ兄二人を差し置いて、庶子で三男のアルロを次期フリーク侯爵にして、俺との友好の証とすると言う。
 これではもう、こちらから強気に出る訳にはいかなくなる。
 俺は皇帝陛下と皇家に忠義を尽くすのなら臣従してもいいとずっと言ってきた。
 首都地方の割譲と従弟の次期フリーク侯爵就任は、皇帝陛下への臣従とも言える。

 もし、リンスター選帝侯家の先代と先々代が、家令として選帝侯家の財政を預かってくれていた同じ皇国貴族を、借金問題で撲殺していなかったら。
 下級皇国貴族からの下克上を恐れていた皇国が、家令に同情しつつもリンスター選帝侯家に厳しい罰を下さなかったら、状況はとても大きく違っていた。
 当時の皇国は、王国の下克上の影響を受けて、下級皇国貴族が上級皇国貴族や皇帝陛下に下克上をするのをとても恐れていた。
 だから皇帝陛下はリンスター選帝侯家に勅勘を出したのだ。

 リンスター選帝侯家は皇室政府に出仕できなくなり、著しく影響力を落とした。
 殆ど全ての皇国貴族から忌み嫌われ、五大選帝侯家なのにも関わらず、派閥に誰もいなくなったばかりか、少なくない貴族から絶縁状を突き付けられている。
 その影響は先代と先々代が考えていたよりも大きく、財政は極度に悪化し、選帝侯なのに地方に下向しなければいけなくなってしまった。

 そうでなければ、当代のリンスター選帝侯も、当時騎士でしかなかったフリーク侯爵に娘を嫁がせなかっただろう。
 そのとても悪い影響が今も続いているのだ。
 皇帝陛下からの勅勘は解かれているが、皇帝陛下はもちろん、ほとんどの皇国貴族から未だに忌み嫌われているのだ。
 そんなリンスター選帝侯の血を引く者を分家の当主にしたら、皇帝陛下に叛意を持っていると言われても仕方がない状況なのだ。

 だから可哀想だが、アルロの兄二人にはアルロの家臣になってもらう。
 逆らうようならカンリフ公爵に始末させる。
 カンリフ公爵が嫌がったら、俺が密かに始末する。
 海に隔てられ遠く離れているとはいえ、マッカイ地方を支配しているフリーク侯爵が友好的な従弟か、敵対的な縁も所縁もない貴族がでは、とても大きな違いがある。

 更にカンリフ公爵は俺を王国宰相代理に任じ、従属爵位として王国伯爵一つ、王国子爵一つ、王国男爵五つを寄こしてきた。
 これは俺に臣従すると言った言葉を実行しろという意味だ。
 王国宰相として権力を振るうカンリフ公爵から、宰相代理の地位を与えられるという事は、普通ならカンリフ公爵の下に就いたとみられる事だろう。
 首都地方を割譲した汚点を、これで少しでも挽回しようとしているのだ。
 いいだろう、自分で吐いた唾は自分で飲む。

 カンリフ公爵の反撃はそれだけではなかった。
 俺の所有する軍が領境にいる事が不安なのもあるだろうが、和平交渉を締結しただけでなく、緩やかな同盟を結んだと全国の貴族や騎士に知らしめたかったのだろう。
 俺に、グレンヴィル地方に一大拠点を構築している、アザエル教団を攻撃して欲しいと依頼してきたのだから、カンリフ公爵は本当に強かだ。

 俺の軍がフェアファクス地方や首都地方にいると、何時でもカンリフ公爵を背後から攻撃する事ができる。
 だが狂信集団のアザエル教団と再度戦いを始めたら、カンリフ公爵を攻撃する余裕がなくなるだけでなく、大本山のアザエル教団もカンリフ公爵の背後を攻撃する余裕がなくなるのだ。

 だがこれだけは受け入れる訳にはいかなかった。
 どうせ主力軍を動かすのなら、アザエル教団から奪った四つの地方を完全に支配下に置くために派遣したかった。
 フリーク侯爵も、この件は最初から成功すると思っていなかったのだろう。
 主力軍を首都地方から遠く離れた四つの地方に派遣する事で合意した。

 和平が締結されてからのカンリフ公爵の動きはとても速かった。
 主力軍を分割派遣せず、そのままフィッツジェラルド宰相家を叩いた。
 バルフォア地方を奪還しようとしていたフィッツジェラルド宰相家は大敗し、軍の半数失って這々の体でヘプバーン地方に逃げ帰った。
 その後でカンリフ公爵は王都をブルース地方に遷都すると宣言した。
 これで皇都と王都が同じポルワース地方の、しかも同じ城に同居していたという、皇家が王家に取り込まれ幽閉されていた状況が解消された。
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