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第一章

第44話:願望

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皇紀2220年・王歴224年・晩春・ゴーマンストン子爵家との領境

「ゴーマンストン子爵家は攻め込んできたアザエル教団と戦っている。
 我が領地との境目に残っている兵はわずかだ。
 一気に城を攻め落として港を確保し、ゴーマンストン子爵家中央部に通じる渓谷と、トリムレストン子爵家に通じる渓谷を抑える。
 そうすれば我が家の護りが固くなり、交易による利益が多くなる。
 港が増えれば海軍が増強され、海を使って南北に攻め込める。
 我が家の繁栄のために何としてでも勝つぞ」

「「「「「おう」」」」」

 ちょっと余計な事を言い過ぎてしまったようだ。
 末端の将兵には、単に城を落とせと言えばよかった。
 領民が二万人しかいない、ゴーマンストン子爵家の港を奪う意義は、指揮官であり領主でもある騎士を集めた時に話せばいい。
 次の機会には同じ間違いを犯さないようにしなければいけない。

 今回の出兵は、事前に仕掛けていた謀略が成功した事で行われた。
 イシュタム衆が流した流言飛語に踊らされ、レイ地方のアザエル教団がゴーマンストン子爵家の東領境から一気に攻め込んだのだ。
 まあ、イシュタム衆が流した流言飛語に真実味を出すために、我が家の特産品を積んだ船を、ゴーマンストン子爵領の北側にある港に交易に行かせている。
 アザエル教徒は堕落しているから、我が家の酒が飲みたいのだろう。

 邪魔をしそうなトリムレストン子爵家は、追い込んだエクセター侯爵家に止めを刺そうと躍起になっていて、俺の事を低く見ている。
 俺が強いと考えてしまったら、折角追い込んだエクセター侯爵家への侵攻を中止して、俺の備えなければいけなくなる。
 人間はどうしても自分の願望に合わせた見方をしてしまうモノだ。

 自分で言うのは気が引けるが、あれほど鮮やかにロスリン伯爵家とクレイヴェン伯爵家を攻め滅ぼし、エクセター侯爵家の主力軍二万を討ち破って捕虜にした俺を、甘く見てしまうくらいだからな。
 まあ、俺を甘く見たいトリムレストン子爵の気持ちも分からない訳ではない。
 形だけはエクセター侯爵家の属臣から抜け出せたが、本当に独立できた訳ではなく、ゴーマンストン子爵家の属臣に変わっただけだ。

 だがここでエクセター侯爵領を攻め取る事ができれば、トリムレストン子爵家は一気に領民七十一万人の大貴族になれるのだ。
 それも首都に隣接した最重要な地方の大半を治める有力貴族だ。
 全盛期のエクセター侯爵には及ばないが、今の盟主であるゴーマンストン子爵を超える大貴族となり、本当に押しも押されもしない独立した存在に成れるのだ。
 現実を正しく見れなくなってもしかたがない。

 一番の難敵、カンリフ公爵家は動けない状況になっている。
 バルフォア地方とヘプバーン地方の二つを治める、三大宰相家の一つと激しい戦いになっていて、カンリフ公爵家を妬み蔑む多くの周辺地方とも戦っている。
 馬鹿王が出した勅書が効果を表したのだ。
 馬鹿王はカンリフ公爵家から与えてもらった屋敷の中で、喜びの余り踊り狂ったそうだが、愚かとしか言いようがない。

 俺とエクセター侯爵家にトリムレストン子爵家まで潰せる絶好の機会を、王に据えてやった傀儡に邪魔されたのだ。
 幾ら忍耐強い戦略家のカンリフ公爵でも、我慢の限界と言うモノがある。
 カンリフ公爵は我慢できても、一族郎党衆の我慢が限界を超えるかもしれない。
 もしこの余計な戦いで、大切な嫡男や弟達を失うような事があれば、馬鹿王は殺されてしまうかもしれないのだ。

 港を奪って二つの峡谷に城砦群を築いたら、馬鹿王が殺された場合の策を考える。
 馬鹿王には弟が二人いるのだが、そのどちらかを担いで戦った方がいいのか、それとも王家など無視してひたすら北に攻め上がるのか。
 それとも、エクセター侯爵家とトリムレストン子爵家を攻め滅ぼして、プランケット地方を統一した有力貴族になるのか。

 だが、プランケット地方を完全統一するには、教団が邪魔だ。
 ベリアル教団とアザエル教団だけでなく、領民を誑かして貪欲に現世利益を貪り貴族の統治の邪魔をする、全ての教団が邪魔だ。
 だが今はまず港を確保して、領地に攻め込む可能性のある貴族や教団を防ぐための城砦群を築く事だ。
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