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第二章

第66話:忠誠の誓い

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「俺を裏切る事は絶対に許さない。
 民を見殺しにする事も絶対に許さない。
 誇り高い騎士として俺と民を護れ。
 ここで騎士として誓え。
 スウェア・アズ・ア・ナイト」

「ナミュール侯爵家の騎士として恥じる事のない生き方をすると、閣下と民と神に誓います!」

 新たなナミュール侯爵と成った俺の前には、何百人もの人間がいる。
 全員が正規の騎士ではなく、見習の従騎士もいれば徒士もいる。
 美味しい食い物の力は想像以上だった。

 冗談は別にして、ナミュール侯爵領は穴場だった。
 先代のナミュール侯爵が暴君な上にケチだったので、野に埋もれていた優秀な人間が結構いた。

 それでなくても麦料理で胃袋を掴んだ元捕虜が八万もいるのだ。
 ほとんどが平民を強制徴募した兵だが、中には専業兵や騎士もいた。

 そんな連中が改めて忠誠を誓ってくれると言うので、猜疑心の強い俺は、魔術で絶対に逆らえないようにしてやった。

 今更だが、功徳を積むのに奴隷を持つのが許されるのか、怖くなった。
 地球やこの世界の奴隷制、貴族の領民について色々と考えさせられた。

 俺の考える奴隷とは、私有財産を持つ事を許されず、僅かな食糧で重労働をさせられ、逆らえば鞭で打たれ、逃げようとしたらリスフラン関節で足を切られる。

 そんな感覚だったから、貴族の領民は奴隷だとは思っていなかった。
 だが、本当にそうなのだろうか?

 逆らう事が許されない強制徴募があり、時に総額七割や八割の税を課せられる貴族の領民は、本当に自由民と呼べるのか?

 更に言えば、土地の所有や給与を保証したり、ダンジョンで狩りをする事を許したりする事で、命懸けで戦う誓いをさせる騎士や徒士は半奴隷ではないのか?

 昔の中国や日本にいた半奴隷の部民や欧州の農奴は、奴隷なのか?
 俺が貴族になったら持つことが許されて、地獄の裁判で不利にならないのか?

 色々考えたのだが、結論ができなかった。
 今の俺なら、この世界の軍を完全志願制にする事もできる。
 だが俺がいない時に近隣領主が襲ってきた場合、その制度で民を護れるのか?

 敵が襲ってきた時に、志願兵が軍を辞めたいと言うのを許さないのは人権違反になり、奴隷制だと反論されたら逃げさせるしかないのか?

 冒険者に強制依頼するのは奴隷的なのか?

 円形脱毛症になるかもしれないと思うくらい、短時間に集中して考えた。
 功徳を積むよりも、家臣領民にしてしまった連中の安全を選んだ。
 俺がいる時、俺の代は良いが、俺がいなくなった時の事が心配だった。

「お前達には最低限の食糧と皮を支給し、住居と武具防具を貸与する。
 役職に応じて家族の分の食糧と皮も支給する。
 決められた時間は俺と民のために命懸けで働いてもらう。
 だが、決められた時間以外は好きにすればいい。
 ダンジョンに行こうと森に行こうと自由だ。
 ただし、前ナミュール侯爵が定めた税は支払ってもらう」

「「「「「はっ!」」」」」

 ネウストリア辺境伯やエノー女伯爵と同じように、税を四割にするのは簡単なのだが、それで領内の経済が上手く回るのか、確信がなかった。

 前ナミュール侯爵の強欲だけが原因なら変えても大丈夫なのだが、ダンジョンのドロップ量と住民数から、高割合の税率にしなければ餓死者が出るかもしれない。

 単にこれまで兵士にしていた者達をダンジョンに入れれば、その分だけドロップが増えるとは限らない。

 最初は八万の軍に訓練だけさせ、食糧は俺の持ち出しにして、ナミュールダンジョンのドロップがどれくらい余るのかを確かめた。

 次に八万を普通に働かせて、余暇にダンジョンや森に行かせたら、どれだけのドロップが領内で余るのかを確かめようとしているのだが……

「ショウ殿、兄上から一度辺境伯領に来て欲しいと手紙が来たのだが、私と一緒に戻ってもらえないだろうか?」

「菓子パンは辺境伯から借りている魔法袋一杯に詰めてやる。
 辺境伯領には一人で行ってくれ」

「そうできればいいのだが、今回はそうもいかないのだ。
 ショウ殿と私の結婚話だけなら、どれほど言われても戻らなくてすんだ。
 だが今回は、豚騎士のせいで一度中止になった王家への献上品の話なのだ」

「前ナミュール侯爵は辺境伯が処刑したのだろう?
 王家も有力貴族達も、辺境伯家の武力には一目置いだのだろう?
 だったらもう俺が護衛する必要もないだろう」

「これは兄の願望なので、無理には頼めないのだが、王家王国に対する辺境伯家と我が家の影響力を強めておきたいそうなのだ。
 兄の影響力を強めるだけなら、私も戻る気はなかったし、正式な使者として王都に行く気もなかったのだが、我が家の影響力を高める為と言われては断れない」

「我が家の影響力を高めるも何も、俺は氏素性も定かではない他国からの流れ者で、王家王国の許可もなく武力で侯爵領と伯爵領を切り取った乱暴者なろう?
 この世界の慣習で爵位は名乗れるが、王家王国にとっては敵だろう?」

「一概にそうとは言えないのだ。
 私と婚約しているから、子供の代になれば家臣の血筋ともいえる。
 ここでショウ殿が王家王国に忠誠を誓ってくれたら、特に問題もなくなるのだ」

「忠誠を誓うか……俺をどこかの王族にして、王家と交渉すると言う話はどうなったのだ?」

「こうも簡単にナミュール侯爵領とホラント伯領を切り取れて、王家王国も有力貴族家も抑えられたになら、余計な波風は立てたくないと言うのが兄上の考えだ」

 俺も別に王として君臨したい訳ではない。
 貴族の当主だって、功徳を積むと言う意味では最悪の職業かもしれないのだ。

 地獄の十王が何を基準に善悪を判断しているのか分からないが、無位無官になって悪事につながるかもしれない責任や義務から逃れ、困っている人に施すだけの平民になった方が、功徳を積めるかもしれない。

「カミーユ、お前、ナミュール侯爵とホラント伯爵にならないか?」
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