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第一章

第58話:行軍食

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 能力も訓練も一様でない一万人の行軍は大変だ。
 落伍者を出さないようにするなら、最も体力のない者にあわさないといけない。
 救いなのは、この世界が過酷で、能力の最低ラインがかなり高い事だ。

 それでも日本の散歩やウォーキングと違って、武器や防具を装備している。
 騎士などは板金で作った全身鎧を装備していて、総重量が八十キロもある。
 剣、兜、胴鎧、盾だけを装備している強制徴募兵でも、軽く十キロを超える。

 更に何かあった時のために食糧や水を携帯しているから、負担が大きい。
 まあ、騎士には、鹵獲したとても貴重な軍馬を貸してやっている。
 そうでなければ八十キロを装備して一日中歩けない。

「小休止、水を飲み軽食を取れ」

 サクラは自由気ままに魔境と俺の間を動き回っている。
 カミーユは護衛にかしずかれて休んでいる。
 捕虜達は水を飲んだり焼干肉を食べたり好き勝手している。

 水は俺がパントリーに保管してあったものを、魔樹を横にして切り抜いた、横に長い水飲み場に入れて好きに補給できるようにしてある。
 馬も同じ横長水飲み場でゴクゴクと飲んでいる。

 捕虜達が持っている水筒もまちまちだった。
 革製が多いが、身分によって大きさと意匠が全く違う。
 中には木製や竹製の水筒もある。

 こうして実際に行軍してみると、水場の大切さがよく分かる。
 最初に魔境街道を創った時は、安全な砦の宿泊場所以外は水場の必要はないと考えたが、普通に味方が使うのなら絶対に多くの水場があった方がいい。

 だから、魔境街道には水場を造らない。
 水場が有ったら、敵の侵攻が容易になってしまう。
 俺がいるうちは良いが、いなくなったら危険極まりない。

 辺境伯が交易に使うだけなら、侵攻作戦に動員するほどの人数ではない。
 馬車に水樽を積んでおけばすむ。

 この世界では、平民が遊びや旅行で都市を移動する事などないから、商人や冒険者以外の安全を考慮する必要などない。

 陽が暮れる少し前、野営の準備をする時まで、圧縮強化岩盤製の魔境街道を造り出しながら、軍勢を率いて三十キロ行軍した。

「今日はここで野営する。
 砦規模の安全な野営地を二つ造ってあるが、使うのは左側だけだ」

 この野営地、前回は四車線道路の横に造ってあった。
 だが八車線に変えたの、造ってあった砦は更に外側に移動させた。
 完全に造り直してもよかったのだが、移動させられるかやってみた。

 高速道路のインターのように左右二つ造ったの、車線を跨いで反対車線側の砦に入るのが危険だからだ。

 その宿泊用砦を左右で一キロほど離してあるのは、非常時に両方破壊されないようにだ。

 今回左側を使うのは、日本時代の癖だから特に意味はない。
 今は俺達以外誰も使っていないので、街道の真ん中で野営してもいいくらいだ。

「各班員、役目に従って働け」

「「「「「はっ!」」」」」

 捕虜達が一斉に動き出す。
 まずやるのは、俺が各亜空間から出した配給品の受け取りだ。

 木片級の獣や魔獣、燃料用の薪、調味料は塩だけだが、貴重な野菜がある。
 水は、砦の宿泊所なので自噴井戸から流れ出てたまった貯水池から汲ませる。

 竈に薪を入れて火を熾す者がいる。
 獣や魔獣を解体する者がいる。
 貯水池を何度も往復して、明日自分達が配給してもらう水を持ってくる者がいる。

「ショウ様、特別料理班、集合しました」

「保存食用の材料を渡す。
 自分達が食べる物なのを忘れず、しっかりと作れ」

「「「「「はっ!」」」」」

 特別料理班の顔が強張っている。
 貴重な小麦粉を渡されるのだから当然だ。

 彼らがこれから作るのは、報奨用の料理でもあり、俺達が食べる料理でもあるので、絶対に失敗が許されないと思い込んでいる。

 別に絶対に許さない訳ではない。
 俺が試食して不味いと思ったら、俺達が食べないだけだ。
 今回俺が特別料理班に作らせるのはすいとんだが、味付けを少し迷った。

 行軍や戦闘で汗をかくから塩分を多めにすべきか?
 それとも脱水症状を恐れて薄味にすべきか?
 結局ネットスーパーで買ったレシピを参考にした。

『料理手順』
1:ごぼうは皮をこそぎ取り、斜め薄切りにして水に5分程さらしておく。
2:大根と人参の皮を剥き、薄いいちょう切りにしておく。
3:えのきは石づきを取り、半分に切っておく
4:油揚げはお湯をかけて油抜きし、水気を切る。
 :長さは半分にして、1cm幅に切っておく。
5:ボア肉は食べやすい大きさ、3から4cm幅に切っておく
6:ボウルにすいとん生地の材料を入れて混ぜ合わせる。
 :水を3回以上に分けて入れながらこね、耳たぶ位の硬さにしておく。
7:鍋に水、ごぼう、大根、人参を入れて中火で煮立たせる。
8:ボア肉とえのきを入れ、灰汁をとりながら肉の色が変わるまで煮る。
9:すいとん生地を手で平たく伸ばして鍋に入れる。
 :すいとんが浮き上がるまで5分程煮る。
 :調味料を入れてひと煮立ちさせれば完成だ。

 『材料』50人前
「生地」
薄力粉:2000g
片栗粉:700g
水  :1400ml
塩  :適量少々
「具材
ボア肉:5000g
ごぼう:1000g
大根 :1500g
人参 :1000g
えのき:500g
油揚げ:25枚
水  :15000ml
「調味料」
顆粒和風だし:250g
醤油    :500ml
味醂    :500ml

「特別料理班、俺が貸し与えた寸胴が無くなるまで作り続けろ」

「「「「「はっ!」」」」」

「他の者達は自分が食べる分をしっかり作れ」

「「「「「はっ!」」」」」

 他の連中が作っているのは、ごく普通の肉モヤシ炒めだ。
 使っている肉がこの世界の低級魔獣肉というだけだ。

 あとは、そう、日本の肉モヤシ炒めはモヤシが多いが、今作らせている物は肉の方が圧倒的に多い。

 使われている低級魔獣肉が一人当たり一キロととても多いのに、モヤシは一人当たり百グラムしかないのだ。

 それでも捕虜達はとても喜んでいる。
 それに、彼らは結構たくましい。
 小休止の時間に魔境に入って野草を集める者がいる。

「自分達の分を作り終わった班から食べてよし」

「「「「「はっ!」」」」」
「うっめぇえええええ」
「すごい、毎回食べてもモヤシが美味い」
「俺なんか野草を入れたんだぞ、この苦みがたまらない」
「へん、俺の集めた新芽は苦みなんてないぜ」

 一斉に多くの捕虜が肉モヤシ炒めに食らいつく。
 性格によって肉を先に食べる者とモヤシを先に食べる者に分かれる。

 圧倒的にモヤシから食べる者が多いのは、美味しい物を残しておくと、横取りされる環境で育ったからだろう。

 料理が終わった竈では、熾火になった少し上に、木や竹の串に刺された肉がある。
 焼干しした肉は、明日の行軍食になる。

 順調なら休憩しながら食べられるが、不測の事態が起きたら逃げながら食べなければいけなくなる。

「特別料理班、味見もかねて食べてよし」

「「「「「はっ!」」」」」

 特別料理班が自分達の作ったすいとんにがっつく。
 慌て過ぎて肺に水分が入って咳込む馬鹿がいる。

 そんなに慌てなくても誰も取らない、と言っても無駄だな。
 何時も奪われて来た者達の心に沁みついた意識は、そう簡単には変わらない。

 現に、一般班の捕虜達が刺すような視線を向けている。
 サクラや俺といった恐怖がなければ、力の強い者がすいとんを奪うのがこの世界の常識らしい。

 特別料理班の使っていた竈には、一般班が食べている木片級魔獣肉とは比較にならない高級肉が焼干しされている。
 
 俺達が食べる事も想定したボア系肉のあまり美味しくないところだが、それでも木片級肉と銀片級肉では美味しさに天地の開きがある。

 美味し物が食べたければ忠誠心か能力を示せばいい。
 料理を上手に作れる者は美味しい者が食べられるぞ。

「ショウ殿、麺やパン、野菜は食べないのか?」

「いや、食べるよ。
 野菜は先に満足するまで肉を食べてから、残った肉汁と脂で炒めて食べるよ。
 麺は食べる気分じゃないけど、パンは少し食べるかもしれない」

 俺にとっての御馳走は、肉、肉が一番御馳走を食べた気がする。
 噛み切れる最大の厚みにした肉を焼いて塊のまま食らいつく。
 この満足感は、この世界に来て何度も食べているのに、未だに変わらない」

「……こういう所を見るたびに、ショウ殿が他の国から来たのを実感する。
 この国に育った者なら、肉よりの麺やパン、麦飯を食べたがるからな」

 そう言うカミーユは、先ほどからホワイトシチューをおかずに、麦飯、釜揚げうどん、クロワッサンを食べている。

 三つとも大好きなのだが、その中でも特にクロワッサンが気に入ったようで、毎食欠かさずに食べている。
 
 甘さが好きなのか、バターの風味が好きなのか?
 ああ、そうだ、今度揚げパンを食べさせてみよう。
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