上 下
22 / 48
第一章

第22話:困惑

しおりを挟む
 ソフィアにチビちゃんの困った感情が伝わって来た。
 徐々にチビちゃんの気持ちが詳細に分かるようになっていた。

「無茶言うなソフィア。
 相手は嗅覚も聴覚も人間よりはるかに優れた魔獣と魔蟲だぞ。
 小さい奴らならわずかな隙間からでも入り込めるんだ。
 城や屋敷の奥深くに隠れようと、地下室に隠れようと無駄だ。
 この辺りの人間は全員喰われちまってるよ」

 チビちゃんが思いやりの欠片もない言葉を吐く。
 だがそれも仕方がない事だった。
 従魔になっているとはいえ元は龍なのだ。
 龍のような強大な存在に人間など虫以下の存在なのだ。
 人間は歩く時にいちいち踏みつける地面にいる虫の事など気にしない。

 いや、まだ目に見える虫の事なら気にする人がいるかもしれない。
 だがそんな人も、目に見えない微生物や菌の事は気にしないだろう。
 それと同じだった。
 龍にとっての人間は、人間にとっても微生物同然なのだ。
 その生き死になど全く興味がないのだ。

「くっ、分かったわ、だったら直ぐに王都に向かって。
 王都にいる人達は助けるのよ。
 もちろん王都までの道で生きている人がいるなら助けて。
 これは主人としての命令よ」

 ソフィアは精神的に追い詰められていた。
 普段ならチビちゃんを猫かわいがりするソフィアが主人として命令を下す。
 それも厳しい命令口調でだ。
 魔境との境界線があまりに凄惨な状況だったから、心が壊れかけていた。
 グレアムはそんなソフィアの状況を見過ごさなかった。

「ソフィア、落ち着いた方がいいよ。
 ソフィアが精神的に不安定だと、チビちゃんまでが不安定になる。
 チビちゃんを上手く操れなかったら、とんでもない災厄が始まるよ。
 伝説の龍が際限なく暴れ回るかもしれないんだよ。
 深呼吸して落ち着くんだソフィア。
 それでも今の状態のままなら、目付け役として帰領を命じるよ。
 それでもいいのかい、ソフィア」

 ソフィアはグレアムの言葉にとても腹を立てていた。
 この状況で王都への救援を禁止するなど信じられなかった。
 涙を流し過ぎて真っ赤に充血した目でグレアムを睨みつけた。
 なんとしてでも王都に助けに行く。
 ソフィアの真っ赤な眼と真っ青になった表情はそう主張していた。
 だがその願いはチビちゃんに打ち砕かれてしまった。

「おっ、おっ、おっ、無茶苦茶おいしそうな臭いじゃないか。
 こりゃあ、純血種竜の臭いだぞ。
 純血種竜を喰うのは久しぶりだな」

 チビちゃんはそう独り言を言うと、ソフィアの願いなど無視して魔境の方に勢いよく飛び出した。

「ちょ、ちょっと、まちなさい、待つんですチビちゃん」

 ソフィアは必死でチビちゃんを止めようとするが、チビちゃんは全く言う事を聞かず、ただ真直ぐに美味しい匂いのする方向に向かっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

義妹に婚約者を奪われて国外追放された聖女は、国を守護する神獣様に溺愛されて幸せになる

アトハ
恋愛
◆ 国外追放された聖女が、国を守護する神獣に溺愛されて幸せになるお話 ※ 他の小説投稿サイトにも投稿しています

孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます

天宮有
恋愛
 聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。  それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。  公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。  島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。  その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。  私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

ループ五回目の伯爵令嬢は『ざまぁ』される前に追放されたい

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「伯爵令嬢ヒメリア・ルーイン。貴様はこの国の面汚し、婚約はもちろん破棄、死んで詫びるがいいっ断罪だっ!」 「そんなっ! 一体、どうしてそんな酷いことを? いやぁっ」  ザシュッ!  婚約者である【王太子クルスペーラ】と彼の新たな恋人【聖女フィオナ】に断罪されるという恐怖の夢、息苦しさを覚えてヒメリアが目覚めると……そこは見慣れた自室だった。 「まさか時間が巻き戻っているの。それとも同じ人生をもう一度繰り返してる……五回目よね」  これは清らかな伯爵令嬢ヒメリア・ルーインが、悲劇的なタイムリープの輪から抜け出すまでの物語。 * 2024年04月28日、第二部前日譚『赤い月の魔女達』更新。 * 次章は2024年05月下旬以降を予定しております。 * ショートショート作品として一度完結していましたが、長編版として連載再開です。ショート版の最終話の続きとしてクリスマスの幕間、前世のエピソード、初回のループからの伏線回収などを予定しております。 * アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しております。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...