上 下
163 / 238
征東大将軍

第163話:一八三七年、忠誠・調所清八視点

しおりを挟む
 上様の謀略が見事に成功して英国で内乱が起きた。
 上様とは言って征夷大将軍の徳川家慶ではなく、征東大将軍の松平斉恕様の事だ。
 正直薩摩藩を潰した松平斉恕様には複雑な思いがある。
 いや、憎しみの方が大きいと言える。

 だが薩摩藩の借金を帳消しにして藩士の生活をよくしてくださったのは確かだ。
 それにあのままでは豊後守様と上総介様の争いになっていただろう。
 十一代将軍家斉公が権勢を握ったままだったら、豊後守様は隠居させられ我らは殺されていたかもしれない。

 それに比べれば、働き次第で万石取りも不可能ではない今の待遇は夢のようだ。
 それに上様は私に薩摩藩のお家再興を約束してくださった。
 だが領地は元の薩摩大隅は返していただけない。
 ロシアとの最前線を与えられることになる。
 信長公の方面軍大将のように、常に最前線を転封すると事になると最初から宣言されてはいるが、それでもお家再興が許されるのなら十分だ。

 しかも一旦袂を分かった豊後守様派と上総介様派を別々に遇してくださるという。
 そうしていただければ元薩摩藩士同士が争わなくてすむ。
 我らはエジプト方面で戦い、先年亡くなられた上総介様に付いた連中は、カザフ・トルクメン方面で戦っている。

 我らは豊後守様の御次男久寧様を擁している。
 上総介様派は上総介様が溺愛されていた兵庫頭様を擁している。
 伝え聞く噂では知勇兼備の名将との事、上総介様が溺愛されたのも間違いではなかったのかもしれないが、問題は財政を上手く回せるかだ。
 今はまだ上様の戦目付が指導してくださっているからいいが、完全に藩政を自由にできるようになった時が問題だ。

 まあ、元は同じ薩摩藩島津家の御兄弟とはいえ、別の藩の事だ。
 我らは久寧様と共に新たな藩を大きくするだけだ。
 両藩合わせて元薩摩藩の表高までと決められている。
 しかも表高ではなく実高で、更に琉球を除いた石高ではある。

 だが実際に与える気のない石高を言われるよりはずっといい。
 上様が決して約束をたがえない事は、エジプトまでの戦いで分かっている。
 南蛮伴天連との激しい戦場だから一国一城令などない
 こんな南蛮伴天連の土地ではあるが、陪臣でも一国一城の主になれるのだ。
 兵庫頭様に負けないようにしなければ、我らの取り分が減ってしまう。

「ご家老、上様からの指令書が伝書鳩で届きました」

「うむ」

 上様からの指令書は伝書鳩で届くが、伝書鳩が猛禽に襲われる事も考慮されていて、複数の伝書鳩が同じ内容の文を届けてくる。
 
『清八をはじめとした元薩摩藩士の働き見事である。
 島津家の再興には諸藩の手前石高制限を設けるが、松前藩士に石高制限はない。
 陪臣として島津家に仕えるのではなく、再び松前藩士として働くのならば、十万石の褒美も考える』

 有難い指令書に涙が流れそうになる。
 上様は情け容赦のない謀略も駆使されるが、家臣領民に対する慈愛がとても厚い。
 最前線の将兵や輸送路の駐屯将兵に対する兵糧や武器弾薬の補給体制を見れば、如何に家臣を大切にされているかよく分かる。

 今までの働きで得た領地を島津家再興に使わせて頂きたいと嘆願書を送った時も、快く応じてくださった。
 この指令書も、久寧様と家臣の間を裂くためではなく、働きに相応しい褒美を与えようとの御考えでの事だろう。

 だが、誤解する性根の捻じ曲がった者もいる。
 エジプト方面軍の元薩摩藩士を集めて話し合わなければいけない。
 それと、儂はどうするべきなのだろうか。
 忠義と個人の功名のどちらを選ぶべきだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

死んだと思ったら異世界に

トワイライト
ファンタジー
18歳の時、世界初のVRMMOゲーム『ユグドラシルオンライン』を始めた事がきっかけで二つの世界を救った主人公、五十嵐祐也は一緒にゲームをプレイした仲間達と幸せな日々を過ごし…そして死んだ。 祐也は家族や親戚に看取られ、走馬灯の様に流れる人生を振り替える。 だが、死んだはず祐也は草原で目を覚ました。 そして自分の姿を確認するとソコにはユグドラシルオンラインでの装備をつけている自分の姿があった。 その後、なんと体は若返り、ゲーム時代のステータス、装備、アイテム等を引き継いだ状態で異世界に来たことが判明する。 20年間プレイし続けたゲームのステータスや道具などを持った状態で異世界に来てしまった祐也は異世界で何をするのか。 「取り敢えず、この世界を楽しもうか」 この作品は自分が以前に書いたユグドラシルオンラインの続編です。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

処理中です...