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征夷副大将軍

第83話一八二九年、新年の予言

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「巫覡殿、これは真の事か」

「上様は私を信用されないのですか、それとも、東照神君の御告げを信じられないのですか」

「いや、違う、巫覡殿を信用しないのではない、あまりの事に驚いただけだ。
 ただ、その、とっさの事に、対応策が浮かばなくてな」

 まあ、上様がそう言われるのも無理はない。
 上様から見れば、聞いた事もない南の島々の事だ。
 流刑地になっている八丈島の事は知っていても、小笠原諸島の事など聞いたこともないだろうからな。

 だが、そろそろ放置しておくのも限界だ。
 今でもアメリカの商船や捕鯨船は、水や生鮮食料の補充に小笠原諸島に上陸しているのだ。
 文政十三年五月十日(一八三〇年六月二六日)には、マテオ・マザロを団長とする、欧米人五人と太平洋諸島出身者二五人が、小笠原諸島父島扇浦に入植する。
 もう歴史が前世と大きく変わっているから、これを撃退しなければ、小笠原諸島がアメリカ領になってしまう可能性もあるのだ。

「ならばどうすべきだと巫覡殿は言われるのだ」

「私にお任せください。
 この日の為に、大御所様に異国交易の独占を許していただき、水軍衆を整備してきたのです。
 松前水軍をもって、異国の先兵を撃ち払って御覧に入れます。
 ただそのためには、どうしても頂きたい物がございます」

「なんだ、何をもらいたいと申すのだ。
 もうすでに、異国交易の独占権をもらったと言っておったではないか」

「異国船を撃ち払うための足場となる、島でございます。
 島が領地でなければ、藩を傾けるほどの資金を投入できません。
 千代田の御城を護るために品川沖に造った砲台島もでございますが、大島から八丈島に至る伊豆諸島と、異国が勝手に上陸している小笠原諸島を我に頂きたいのです」

「なんだ、そんな事か。
 どうせ品川の砲台は、巫覡殿にしか使えん。
 流刑地の八丈島など、巫覡殿の自由にするがよい。
 見たことも聞いたこともない島など、大事なのかどうか余には分からん。
 東照神君の巫覡として、好きにやってくれ」
 
 投げやりで無責任な言動だが、その気持ちも理解できる。
 東照神君の巫覡として実績のある俺を排除しようとしたら、品川砲台から大砲の球が飛んでくるだろう。
 それくらいの事は、上様も理解している。

 それでも、俺が将軍位を狙うそぶりをしたら、躊躇せずに排除にかかるだろう。
 だが俺が欲したのは、俺自身が私財を投じて造った砲台に、犯罪者を隔離するための島、更には俺が口にするまで存在も知らなかった島だ。
 勝手にすればいいと思って当然なのだ。

 今回は迎撃のために色々準備しなければいけなかったから、何時もより一年前の予言をしておいた。
 他の自然災害も一年前だけど予言することにした。
 一つだけ一年前に予言するのは不自然だったし、災害の起こる場所が京都だ。
 御所のある京都で災害があれば、尊王の馬鹿どもがそれに乗じる可能性がある。

 一八三〇年八月一九日(文政一三年七月二日)の午後四時ごろ、京都を中心にマグニチュード六・五クラスの大地震が起きる。
 特に京都の洛中と洛外での被害が激しく、二条城本丸や御所に被害が出たほか、なぜか土蔵の被害が多かったが、民家の倒壊は少なかったらしい。
 哀しい事に、京都では二八〇人が亡くなられ、一三〇〇余人が負傷された。
 隣国では、近江の大津と丹波亀山で町家が倒壊し、死傷者が出たと記録が残っていたはずだ。

 もう一つは宇治での洪水だ。
 一八三〇年九月三日から四日(文政一三年七月一七日から一八日)に洛中と宇治地域が大風雨に襲われた。
 八月二八日から降り始めた雨が三日、四日になって特に激しくなり、八月一九日にあった大地震の余震が一日に十数度続く中で、鴨川と宇治川があふれて、洛中上京と宇治地域が洪水となるのだ。
 特に洛中音羽山から土石流が起こり、清水寺の廻廊を崩し市内へ押し出した。
 また宇治では、地震で半壊状態の所に急な洪水が襲ってきたので、宇治橋が流失してしまったのをはじめ、被害が甚大だったという記録がある。
 洪水と土砂災害で五二〇余人が亡くなられ、四〇〇人以上が負傷したと記録が残っている。

 ま、こう言う事は予言しても大丈夫だし、積極的に知らせて、将軍や幕閣の目を国内問題に向けておき、露国や米国の問題を、俺に一任させるように仕向けておく。
 もうしばらくは露国との戦争状態は秘密だ、とはいっても、一方的な勝利だがな。
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