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征夷副大将軍

第81話一八二八年、飢饉対策

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「殿、南方からの穀物輸入ですが、少々値が高くなっております。
 今迄通り購入してもよろしいのですか」

「俵物の輸出量と値はどうなっている、値崩れなど起こしていないか」

「それは大丈夫でございます。
 心配していた輸出量の増加による値崩れは、全く起こっておりません」

 俺はほっと心をなでおろした。
 俵物の輸出量が、俺が松前藩を継承した時から三十倍以上になっている。
 これが値崩れを起こしてしまったら、俺の政策が根底から崩壊してしまう。
 もし長崎の出島で受け身の貿易をしていたら、どうなっていたか分からない。
 自分の船で、直接清国や東南アジアに行くことで、値段を維持できたと思う。

「だったらこれまで通り輸入してくれ」

「それは助かります、蒸留酒の原料が不足していたのです。
 蒸留酒はとても高く売れるので、穀物の代価が三倍になっても、原料となる穀物は輸入していただきたいのです」

 蒸留酒担当の軍師が気になる事を言いだした。

「それは、輸入した穀物を全て蒸留酒にしているという事か。
 松前藩士と領民が一年間食べつなげられる備蓄を残しておけと言ったはずだぞ」

「それは残しておりますが、正直使ってしまいたくなるくらい利益が出るのです。
 それに、備蓄に残しているのは、上質な尾張米や仙台米でございます。
 小麦や蕎麦、粟や蜀黍といった、価値の低い穀物から蒸留酒にしております」

 無意識に全身に力が入っていたのだろう、話を聞いて心底安心して力が抜けた。
 俺が幕府と同じ失敗をしていたのかと、眼の前が真っ暗になった。
 徳川幕府には福祉の心があったのか、それとも戦時の兵糧の心算だったのか、大名に預けている幕府領の収穫を、備蓄米としていた。
 ところがその備蓄米を、幕府領を預かっていた大名が、勝手向きが苦しくて使い込んでしまっていたのだ。

 飢饉が起こった時、幕府は備蓄してあるはずの米を江戸に輸送して、民の打ちこわしに対処しようとしたが、だが、現実にはそんな米はなかったのだ。
 幕府の御咎めを恐れた使い込み大名は、飢饉で苦しむ民から無理矢理米を奪い、それでも足りなければ、借金してでも米を買って江戸に送ることになった。
 これによって、凶作の地は人肉を喰らうほどの地獄絵図となったのだ。

 俺はそんな状況を自分の手で創り出すのが恐ろしい。
 そんなことになったら、俺の精神はもたないと思う。
 蒸留酒担当の軍師の言葉を聞いて、背筋が寒くなった。
 少々高値になっても、穀物を大量に輸入しておこう。
 備蓄が確実に行われているか、何度も信頼できる巡検使を送ろう。
 俺が直接見て回れるところに、巨大な穀物貯蔵庫を造らなければならない。
 将軍と幕閣の尻を叩いて、大名預け地の備蓄米を確認させよう。
 いや、俺が大老参与の権限で家臣を代理に差し向ければいいのだ!
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