上 下
29 / 238
家督継承後

第29話一八二五年、奥羽からの欠落

しおりを挟む
 三年間やるべき事をやった事で、少しは土台が築けた。
 特に反射高炉が稼働出来た事で、西洋列強に近い大砲を量産できるようになった。
 アームストロング砲は完全に無理だし、後装式のライフル砲も今の技術では厳しいが、職人を鍛える事で生産できるようにしたい。
 だから今は、無駄に見えようとも、沿岸防衛用の旧式青銅長砲身砲と、艦載用の青銅短砲身カロネード砲を量産するしかない。

 ドライゼ銃の量産も軌道に乗ってきた。
 俺が強く命じたこともあり、鉄砲鍛冶が多くの弟子を抱えてくれて、人材育成ができてきている。
 それは刀鍛冶や野鍛冶も同じで、多くの有望な職人が優先的に蝦夷樺太に送られているが、どうしても軍資金稼ぎの交易を優先してしまう。

 ようやく穢多と非人が独力で船を雇い、全移民を蝦夷樺太に渡してくれた。
 日本中の富裕層も、独力で船を雇い小作人を蝦夷樺太に渡してくれた。
 完全に目標を達成してくれたら、千四百万石の蔵入り地が手に入るが、今はまだ伐採した材木を商品にするのと、根株の残った土地で雑穀を育てるだけだ。

 その雑穀を蒸留酒にできれば商品になるのだが、今は蝦夷樺太の渡った者達の食料に使うだけしかない。
 だがその陰で、俺の交易艦隊は食糧を運ぶ量を減らすことだ出来た。
 そうでなければ、アイヌに商品として売る玄米以外に、三十万人分の玄米を蝦夷樺太に運ばなければいけなかった。

 だが、想定外の事も起こってしまっていた。
 富裕層が、江戸から元無宿人の野非人を蝦夷樺太開拓に送るのではなく、奥羽の貧民を蝦夷樺太開拓に送る現象が起こっていたが、それだけではなく、奥羽の貧民が欠落して蝦夷樺太に渡ってきてしまっているそうだ。

 彼らは小さな漁船に乗せてもらい、家族揃って蝦夷樺太に渡ってくる。
 日本人の漁船だけではなく、アイヌの丸太船に乗ってでも蝦夷樺太に渡ってくる。
 俺が現地の代官に、追い返したり罰したりせずに、食事だけ与えて労働力として活用するように命じているから、先に蝦夷に渡った者達の噂を聞いて、餓死するよりもよほどましだと、安心して蝦夷に渡れるようになったのだろう。

 奥羽諸藩の手前、大っぴらに諸藩の領民を勧誘する事はできないが、天保の飢饉を知っている俺は、できるだけ貧民を蝦夷樺太に渡らせたかったのだ。
 最低の待遇で労働力を確保したいという非人道的な考えもある。
 前世の友人知人からは、このやり方は罵詈雑言を浴びせられるだろうが、俺の力で出来る事など限られているのだ。

 十万人の人間を一年間喰わしていくには、十万石の玄米が必要だ。
 その費用十万両を使ってしまったら、黒船をはじめとした西洋列強を迎え討つ準備が、十万両分遅れたり、整えられなくなったりする。

 何よりも、十万石分の食糧がどこかで不足してそこの貧民が餓える事になる。
 奥羽の玄米や以前の蝦夷の俵物と同じだ。
 安く買い叩けるところが、食糧が余っていて豊かだとは限らないのだ。
 俺が何かやる事で、どこかに大きな歪みが出ているかもしれない。
 そう思うと、怖くて動けなくなってしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...