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第3章

第55話:幸福

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 その当時の国王が、隣国の侵攻に備えて信頼する弟に分与した辺境の地は、派閥の貴族達の領地を含めなくても、小国に匹敵するほどの広さがある。

 未開の大森林の全てを開拓できて、大魔境の産物も手に入るのなら、大国と評してもいいくらいの領地がある。

 だがその分王都から遠く離れており、代を重ねる毎に王家とは疎遠になっていた。
 そんな状況で王家を自分の息子に乗っ取らせようと考えたのが父だった。

 まあ、そんな事は最早どうでもいいのだが、とにかく王都から遠いのだ。
 大魔境の産物を隣国に備えるための収入にすべく、細く長く伸びた領地部分はあるが、領都と呼べる都市は王都から遠く、婚前旅行の日程を長くしていた。

 新しい街道を作っているというのも理由の1つではあるが、俺がカチュア王太女殿下との時間を愉しみたいというのが1番の理由だった。

「リドワーン様、サクラが丁寧に剥いてくれた胡桃がありますが、食べますか」

 カチュア王太女殿下が優しく声をかけてくれる。
 互いの側近が見守っているが、全く気にされない。

 互いに物心ついた時から1人になった事がないのだから、それも当然だ。
 まあ、俺は前世の記憶があるから、傅役や側近を撒いて1人の時間を確保していたが、カチュア王太女殿下はトイレでさえ1人になった事がないのではないかな。

 暗殺や事故が怖い王族は、絶対に1人なったりはしない。
 特に男子が生まれなかったスニルラ王家の長女だ。
 絶対に1人にはさせなかっただろうことは容易に想像できる。

「はい、胡桃は大好物ですから、食べます」

 俺も今から慣れないといけないから、こうして衆人環視の中で膝枕をしてもらっているのだが、思いっきり恥ずかしい。

 カチュア王太女殿下も侍女も平気な顔をしているが、俺には無理だ。
 家臣達の前でカチュア王太女殿下に膝枕してもらうなんて、恥ずかし過ぎて走って逃げたくなるが、今からそんな事では初夜の時に困ってしまう。

 貴族の初夜は、両家の派遣した見届け人の前で愛を交わす。
 花嫁が処女であることを確認しなければいけないし、生まれてくる子供が確かに2人の子供である事を確認するために、愛を交わす時には必ず両家の見届け人がいる。

 両家の見届け人がいないところで愛を交わしてしまい、妊娠出産と計算が合わない時には大問題になってしまうのだ。
 まあ、実際には前後に愛の記録があれば、早産や遅産と考えるのだけど。

 だから愛情のなくなった王侯貴族の夫人が、失敗して愛人との間に子供ができてしまったと時は、病気療養と偽って化粧領に籠ってしまうことになる。

「はい、あああんしてください、リドワーン様」

 カチュア王太女殿下に膝枕してもらっている状態で、胡桃を食べさせてもらうのは、はっきり言って恥ずかし過ぎるだろう。
 嬉しさもあるが、それ以上に恥ずかし過ぎるのだよ。

 特に目の端に笑いを必死でこらえる傅役のアーノルドがいるとなれば、跳び起きて逃げ出したくなるというものだ。

 だがそんな事をすれば、カチュア王太女殿下は烈火のごとく怒るだろう。 
 いや、怒るのならまだいいが、傷ついた顔をされてしまったら……
 ここは我慢だ、我慢して食べるのだ。

「あああん、食べさせてください、カチュア殿下」
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