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第1章

第9話:逃散

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 王家に代官の悪事を直訴するというのは、村長にはとても難しい選択だ。
 最悪の場合は、直訴が認められないだけでなく、家族皆殺しになる。
 それに代官を替えることができても、次の代官が善人とは限らない。

 現代官の後ろにいる権力者が、もっと酷い代官を送り込んでくるかもしれない。
 村長の話を聞いていると、王国は俺が思っていた以上に腐っているようだ。
 カチュア王太女がこれから背負う苦労を想うと胸が痛む。

「分かった、男達が女子供のために命懸けで戦って死ぬのはまだ我慢できる。
 だが女達がゴブリンの慰み者になって子供を産まされるのは我慢できない。
 全員を引き連れて一旦村を出る、最悪ジーナ伯爵領に移住する」

 村長が決断して、移住まで視野に入れて村を出ることになった。
 有力な財源だった村が丸々なくなってしまうのだ。
 代官は不正な財源を失うだけでなく、王家に納める税にも困るだろう。

 自業自得なのだが、欲深い代官が逃げる村人を見過ごすだろうか。
 冒険者ギルドのマスターから通報を受けて、逃げられないように見張っている可能性もあるし、マスターが愚かなら通報をしていない可能性もある。

 まあ、最悪の場合は、スライムに代官の襲撃を迎撃させればいい。
 攻撃してきたら正当防衛でぶちのめしてやればいい。

「急げ、荷物は持って運べるだけでいい、ゴブリンが襲撃してきたら死ぬだけではすまないのだぞ、物よりも命と誇りを大切にしろ」

 村長は正しい事を言っているのだが、貧しい人間には鍋1つ布1枚だって大切な財産だから、素直に聞く事などできない。
 移住しなければいけないのなら、なおさら少しでも家財を持ち出したいだろう。

 その気持ちは、前世の貧しい記憶のある俺には痛いほど分かったので、できる限り助けてあげることにした。

「俺を信じてくれるのなら、このスライムで家財を運んであげよう。
 流石に家や藁までは運べないが、鍋釜や農具くらいは運んであげよう」

 村人の多くは不審な表情を浮かべていたが、そんな雰囲気は払拭させて、できるだけ早く逃げた方がいいと村長は判断したのだろう。

「分かりました、我が家の家財を全部運んでください」

 そう率先して言った村長に触発されたのか、大魔境の異変に強い危機感を持っていたのか、猟師達も一斉に俺に家財を運んでくれと言いだした。
 しかも不審な表情をする農業を専業にしている者を挑発するように……

「俺達の家の家財も頼む、グズグズしている連中は放っておいて構わない。
 俺は自分と家族の命が何よりも大切だ。
 家財を置いてでも出て行くつもりだったが、持って行ってくれるのなら幸いだ。
 足手纏いのために家族が死ぬのは耐えられない。
 俺達の家財を持ったらすぐに移動してくれ」
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