あやかし子ども食堂

克全

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第7章:万引き兄妹

第25話:愚か者・松浦節子視点

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 高校生の頃、箱入り娘で世間知らずだった私は、悪い男に騙されました。
 やんちゃするのが強い男の証だと言う、間違った話を信じてしまいました。
 見かけが派手な男が魅力的な男性だと言う、間違った話も信じてしまいました。

 見せかけだけの、全く中身のない、クズを好きになってしまいました。
 その人の言う通りにするのが普通の事なのだと、思ってしまいました。
 高校を卒業する少し前に、妊娠している事に気がつきました。

 厳格な両親に相談する事ができず、男に相談したら、結婚するんだから産めばいいと言われたの、愛情だと勘違いしてしまいました。

 今なら分かります、地元でも有名な素封家だった我が家から金を引き出すのに、私との子供が必要だったのです。

 両親や先生に知られる事無く高校を卒業できました。
 男に言われるがまま両親に妊娠を打ち明け、結婚したいと言いました。
 もちろん、両親は激怒しました。

 私は何も知らない愚か者だったので当然ですが、男も馬鹿でした。
 戦国時代から広大な家屋敷を受け継いできた我が家の、愚かな子供に対する厳しさを知らなかったのです。

 両親は私との絶縁を宣言しました。
 法的には許されないそうですが、田舎では実行力があります。
 親戚縁者、近所の方たちも、愚かな私を実家とは関係ないモノと扱いました。

 更に地元で絶大な力を持つ父は、男の家族に圧力をかけました。
 地元では絶対に生きて行けないように激しい圧力をかけたのです。
 私に対する愛情もあったのだと、今なら分かります。

 先祖代々守ってきた家を自分の代で潰さないために、私を切り捨てなければいけなくなった怒りを、男の親兄弟姉妹、親戚縁者に叩きつけたのです。

 地元に住み続けられなくなった男の親兄弟は、どこかに引っ越して行きました。
 大企業に務めているのならともかく、地元の縁で経営しているような中小企業や中小の店舗は、父の影響力でどうとでもなるのです。

 家族を不幸にした男も、親兄弟姉妹、親戚縁者から絶縁されました。
 絶縁どころか、そんな男を育てた両親です。
 我が身可愛さに、男を殺して私の父に詫びようとしました。

 あの頃の私は、まだ夢見る箱入り娘で、不幸を愛の試練だと思っていました。
 愚かとしか言いようがありませんが、男に言わるまま、一緒に大阪まで逃げて来たのです。

 男は身体の調子が悪いと言って全く働かず、私を頼りました。
 いつまでも愚かだった私は、頼られるのが愛情だと思い、必死で働きました。
 それでもまだ、息子の義孝が生まれるまでは本性を現していなかったのです。

 私が言う事を聞かないと、義孝に残虐な目を向けるようになりました。
 それでも私が言う事を聞かないと、義孝を軽く叩くようになりました。
 私の抵抗はそこまででした。

 息子を虐待され、売春を強要されるようになって、ようやく気がつきました。
 私は全く愛されていなかった、単なる金ずるなんだと。
 気がついたからと言って、もう元には戻れません。

 両親は許してくれませんし、いつの間にか男が本物の筋者に借金していました。
 このまま地獄のような生活を死ぬまで続けるのだと、諦めていました。
 何とか義孝だけは逃がしてやりたい、それだけを考えていました。

 8年間、地獄のような生活を続けました。
 身心が擦り切れ、自分を守るために心を閉じ、義孝の事しか考えられない病んだ状態だったのだと、今なら分かります。

 ある日突然、私が売春させられている店に、警察の強制捜査が入りました。
 あれほど恐ろしかった筋者たちが、ろくな抵抗もできずに全員逮捕されました。
 私のような女たちも警察署に連れていかれて、事情を聞かれました。

 最初は筋者たちの報復が怖くて、本当の事は何も言えませんでした。
 筋者たちに、警察に捕まった時に言うように教えられた事を言っていました。

 ですが、刑事さんの恐ろしさは、筋者たちの怖さとは桁違いでした。
 それに、このままでは刑務所に入れられ、何年もの長きに渡って義孝と離れ離れになると言われたのです。

 本当の事を言うべきか嘘をつき続けるべきか悩む私に、優しい婦人警察官が実例を挙げて色々教えてくれたのです。

 このまま嘘をつき続けた場合の量刑と、真実を言った場合の量刑を比べて、どうすれば義孝と幸せに暮らせるか教えてくれたのです。

 量刑だけなら、真実を言った方が遥かに軽く済みます。
 軽いどころか、起訴さえされないのです。
 でも、筋者たちが刑務所を出てきた時の事が怖かったのです。

 ところが、婦人警察官さんの話では、男たちは筋者とも言えない中途半端な存在で、全く怖くないと言うのです。

 しかも、絶対に怒らせてはいけない人を怒らせたので、もう大阪に戻って来られないと断言するのです。

 最初はそれも信じられませんでしたが、婦人警察官さんがつい最近に起こった実例を出して教えてくれたのです。

 絶大な力を持つ人を怒らせた大阪の府議会議員と弁護士が逮捕され、実刑を受けて刑務所に入っていると言うのです。

 それを聞いても、なかなか証言する決心ができませんでした。
 私が証言を迷っている間に、売春させられていた他の女性たちが次々と証言を始めたので、黙っていると私が罰せられる状況になり、慌てて証言しました。

 私は婦人警察官さんの好意に応えず、役にもたちませんでした。
 それなのに、婦人警察官さんはずっと親身になってお世話してくれました。
 私と義孝が幸せになれるように、色々な提案をしてくれました。

 それなのに、私は意固地になって意地を張り、厳しい方法を選んでしまいました。
 天子さんたちの話を聞いてようやく分かりました、私は病んでいたのです。
 正常な判断ができないくらい、身心を病んでしまっていたのです。

 夜の児童公園に佇む義孝を郁恵さんが見つけてくれていなかったら、どうなっていた事か、今思うと背筋が寒くなります。

 郁恵さんのお陰で天子さんたちと知り合えて、義孝と私の人生は一変しました。
 小学校に行っている時間以外は、義孝とずっと一緒に居られます。
 なにより、温かく安全な家で暮らせるようになりました。

 働きたいなら幾らでも働けますし、働きたくないのなら全く働かなくても良い。
 義孝を好い子に育てるために、身心を壊さない程度に働いています。
 他の時間は、看護師の資格を取るための勉強をしています。

 できるだけ義孝が小学校に行っている時間だけ働くようにしていますが、テイクアウト店の状況によっては、義孝が学校から帰ってきている時間にも働きます。

 天子さんたちに助けてもらったのは、義孝と私だけではないのです。
 同じように助けてもらった子供や女性が、テイクアウト店で働いています。
 その人たちの体調が悪い時には、助けてあげる事もあるのです。

 そんな人たちと話をしていて気がついた事があります。
 私を騙した男や筋者たちを逮捕させたのは、天子さんたちですよね?
 府議会議員や弁護士を逮捕させたのも、天子さんたちですよね?

 今日は義孝と一緒に子ども食堂の小上がりで勉強しました。
 義孝の授業が終わるまでテイクアウト店で働き、義孝を小学校に迎えに行って戻り、夕方から預けられる子や高額な塾に行けない子たちと勉強しました。

 勉強が終わって夕食を頂いてから母子生活支援施設に戻る途中、ネオンの明かりを美しく思えるようになっている事に気がつきました。

「お母さん、あの子たち寒そうにしているよ」
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