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第一章

第15話:魔術師団副団長(ジークフリート視点)

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神歴五六九年睦月七日:王都郊外・ジークフリート視点

 とってつけたような服装というべきか?
 それとも、如何にもな服装と言うべきか?
 どこから見ても大魔導士としか思えない服装の馬鹿がやってきた。

 だたやってきただけではなく、信じられないほど尊大な態度で、いや、服装らしい尊大な態度で話しかけてきた。

 いや、そんな事を言われなくても、逃げる気なんて小指の先ほどもないから。
 お前に魔術師を名乗れる最低限の魔力があるのは分かる。 
 だが、最低限の魔力しかないのも分かっている。

 それに、魔力を駄々洩れさせているのを見れば、ろくに魔力を扱えない事は明白で、少ない魔力を最悪の効率で魔術化しているのはひと目で分かる。

 そんな未熟な魔術師が、大魔導士然とした服装と態度で、多くの取り巻きを引き連れてやってきたら、王侯貴族の地位と権力で分不相応の地位についている事など、この国の魔術師団の事を何も知らなくても分かってしまう。

「爵位を振りかざして、ろくな才能がないだけではなく、努力もせずに高い地位についた恥知らず。
 分不相応な口を利いていないで、さっさとかかってこい。
 それとも腰巾着に教えてもらわないと呪文も唱えられないのか?」

「平民冒険者ごときが!
 高貴で才能溢れる俺様に何たる悪口雑言!
 その罪、汚らわしい命で償いがいい!
 ファイアウォール!」

 馬鹿が火の壁と言ったが、とても火の壁とは言えない貧弱な魔術だ。
 火の厚みが一センチどころか一ミリもない。
 燃焼温度もとことん低いようで、青色ではなく真っ赤だ。

「低能だと分かっていたが、それにしても貧弱すぎるぞ」

 俺はそう言うとファイアウォール擬きを片手で払ってやった。
 アンチ魔術を使うどころか、体内にある魔素で防御する必要もない。
 何の防御策もとらず、素手で霧散できる程度のお粗末な魔術だ。

「なんだと?!
 俺様の最大最強の魔術を片手で払っただと!?」

 その愚かすぎる言葉を聞いた取り巻き魔術師の一人が、無意識に顔を背けた。
 おぼっちゃま大魔導士擬きの取り巻きの中では、それなりに魔力の有る奴で、しかもその魔力を身体から漏らさない程度の修練は積んでいる。

 俺が直率パーティーはもちろん、クランにも入れない程度ではあるが、冒険者になればそこそこは稼げる実力はある。
 だからこそ、おぼっちゃまの言動が恥ずかしくてたまらないのだろう。

「ふん、ファイアウォール程度を防いだくらいで粋がるなよ」

「俺は別に粋がってなどいない。
 実力も弁えずに偉そうな態度を取る井の中の蛙に、呆れているだけだ。
 いや、甘やかされた世間知らずを哀れに思っているだけだ」

「おのれ、大魔導士になるべく英才教育を受けてきた俺様に何たる態度!
 今日はたまたま調子が悪いだけだ。
 お前ごときを殺すのに、俺様のような身分高き者が直接手を下すのは恥だった。
 何をグズグズしている、この程度の奴はお前達が殺せ」

「「「「「はっ!」」」」」

 おぼっちゃまの取り巻きは百人。
 いや、取り巻きと言っては可哀想だ。
 どいつもこいつも僅かではあるが魔力を持っている。

 中には射程の短い極小のファイアボールを放てる程度の魔力しかない者もいるが、それでも魔力持ちには違いない。
 
 それに、その程度の魔力しかなくても、鍛錬を重ねて魔力の圧縮や魔術の精度を高めれば、狙撃的に魔術を放てる一流の猟師になれる。 
 ようは天から与えられた才能をどれだけ磨くかだ。

「「「「「ファイアアロー」」」」」

 それぞれが自分の放てる最上位の魔術ではなく、全員で調子を合わせて同じ魔術を放ち、相乗効果で攻撃力を高めようとしているのか?
 それならば意味も効果もあるのだが、どうやらそうではないようだ。

 本来ならもっと攻撃力が高いはずの奴でさえ、おぼっちゃまのファイアウォールの破壊力を上回らないように、魔力を絞っている。
 お坊ちゃまを超える魔術を放ってしまったら、後々禍があるのだろう。

 才能がないだけでなく、努力もしない上司を超える事が許されない。
 こんな状態で強い魔術師団を編成できるはずがない。
 百人いようが千人いようが、虫けらと一緒だ!

「情けない、それでも魔術師か!」

 百人が調子を合わせて放ったファイアアローだが、俺から見たら蚊が百匹纏まって血を吸いに来たのと同じだ。

 多少は鬱陶しいが、実害など何もない。
 今回も軽く片手で払うだけでファイアアローを霧散させた。
 流石に無意識に身体の魔力を消費してしまっていた。

 まあ、それくらいの詐術はしかたがない。
 相手の心を折り、無用な死傷者を出さずに降伏させるためだ。
 自分達の魔術など、対抗魔術を使うことなく霧散できると思わせる。

「何をしている、この役立たず共が!
 たった一人の下賤な平民冒険者も殺せず、魔術師団に居られると思っているのか!
 そいつを殺さなければ魔術師団を追放するぞ!」

 自分の魔術が全く通じなかった事を棚に上げて、偉そうに言い放つおぼっちゃま。
 実力的には百人の魔術師達の方が危険だが、おぼっちゃまから捕らえた方が、他の魔術師達を無傷で捕らえられるか?

「役立たずは貴男の方です、フランク!
 実力もないのに、魔術師団長の親の力で副師団長の地位についた恥知らず。
 自分の非才を思い知りなさい。
 ウッド・カプチャ・レベルナイン」

 エマ嬢が怒りに眦を決している。
 よほど地位と権力で人を支配する者が許せないのだろう。
 流石正義感の強い乳姉さんの娘だけのことはある。

 それにしても、レベル九の木属性捕縛魔術を使えるとは流石だ。
 単に手足を強靭な蔦で縛っただけではない。

 まるで生き物のように蠢く強靭の蔦を全身の要所に這わせて、手足の戒めを解いただけでは逃げられないようにしている。
 逃げようとしたら絞め殺す事さえできそうだ。

「助かりました、エマ嬢」

「いえ、私の手助けなど全く必要ないのは分かっていました。
 余計な事だと分かっているのですが、何もせず守られているだけではいけないと思ったのです。
 私にできる事は何でもさせて頂きます。
 エリア・ウッド・カプチャ・レベルナイン」

 エマ嬢の魔力には目を見張るものがある。
 レベルの低い連中とは言え、百人もの魔術師を同時に捕縛できる範囲木属性捕縛魔術を、それもレベル九の威力で放てるのだ。

 乳姉さんの才能を色濃く受け継いでいるのなら、攻撃魔術は使えないだろう。
 だが捕縛魔術が使えるなら、攻撃にも応用できる。

「いえ、これだけの魔術支援をして頂けたら本当に助かります。
 魔術師が相手だと、殺さないように手加減するのが難しいのです」

「謙遜されないでください。
 英雄騎士様が手加減を間違えない事は分かっています。
 ただ私にできる雑務をさせて頂いただけです。
 これからはどんな雑務でも喜んでやらせていただきます。
 その分、女子供が安心して同行できるようにしてください」

「分かりました、エマ嬢にお任せできる事はお願いします。
 ですが、僅かでも危険がある事はお願いできません。
 身勝手な事を申し上げるようですが、俺はエマ嬢の護衛騎士です。
 ろくな魔力がない相手だと分かっていても、エマ嬢を傷つける意思の有る者達がいるのに、その場を離れる訳にはいきません。
 俺が自由に動けるように、安全な場所で騎士や戦闘侍女に護られていてください」

「え、それでは何もできないではありませんか」

「はい、ご自身の立場を理解して、安全に場所にいていただくのが、何よりも俺のためになる事だと理解してください」

 エマ嬢にも理想や目標があるのは分かる。
 理想を目指し目標を達成するために、何かしたい気持ちも痛いほどわかる。
 だが、だからといって、好きにしてくださいとは口が裂けても言えない。

 今のところは者の数にも入らない惰弱な連中しかいないが、ロイセン王国に全く人がない訳ではないだろう。

 多少でも俺達が手古摺るような相手が襲い掛かってきた場合、粗相王子や公爵は心配いらないが、平民出身の第三騎士団員が危険なのだ。

 まだ人質になっている彼らの家族を救出できていない。
 彼らの家族を救い出すまでは、何時家族のために暴走するか分からない。

 彼らが命を捨てて集団で襲ってきたら、ほんの僅かな確率ではあるが、エマ嬢の護衛達でも護りきれない可能性がある。

 人が命を捨てて何かをなそうとした場合、それを防ぐのは至難の業になる。
 並の人間でもそうなのに、平民から騎士に取立てられるほどの実力者が命を賭けたら、相当の事ができるのだ。

「分かりました、英雄騎士様の足手纏いになるのは本意ではありません。
 申される通り、護衛達に護られて安全な場所にいます。
 ただ、これだけは受け取ってください。
 私達を護るために、英雄騎士様に経済的な負担をかける訳にはいきません」

 エマ嬢はそう言うと、身につけていた品の良い宝石を全て外して渡そうとした。

「とんでもない、剣を捧げた御婦人のために身命を投げ打つのは当然の事。
 それに比べれば金銭など物の数ではありません。
 エマ嬢が身につけられている宝石を受け取るなど、絶対にできません!」
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