知識寺跡の観音食堂

克全

文字の大きさ
上 下
17 / 36
第一章

第17話:鯉の餡かけ

しおりを挟む
 嘉一は毎日情報収集しつつ、神仏への御供えも忘れなかった。
 想い出の料理だけでなく、普通の料理であっても、毎日御供えする事に拘った。
 大嫌いないマスゴミから力を奪い、日本の将来をよくするためには、神仏の加護がどうしても必要だったのだ。
 明らかな阿りと賄賂だったが、神仏は気にしなかった。
 神仏もマスゴミの横暴には怒りを感じていたからだ。

 嘉一は毎日供えている普通の料理を作ると共に、想い出の料理を作ることにした。
 春になって、魚達が産卵のために深場から浅瀬にやってくる乗っ込みの時期になっており、卵を持った鮒や鯉を釣る事ができる季節になっていた。
 聞き込みをしなければいけない嘉一に、魚を釣りに行く時間などなかったが、運のいい事に、聞き込みで仲良くなった人の中にヘラ師がいたのだ。

 もうヘラブナ専門の釣り師、ヘラ師は高齢化してほとんど残っていなかった。
 手軽に安く海水魚を購入できるようになり、泥臭くて小骨も多い淡水魚を食べる人も殆ど残っていなかった。
 まして高齢の男性は、自分で料理をする人が殆どいない。
 奥さんが作ってくれなければ淡水魚を食べる事など不可能だった。

 そこで嘉一は、鮒や鯉を釣ってきてくれるのなら、自分が美味しく料理して御裾分けすると約束したのだ。
 若い人は美味しいと思ってくれないかもしれないが、高齢者にとっては、淡水魚の料理は想い出の味なのだ。
 高齢の新しい友人は、わずかに残ったヘラ師仲間と水のきれいな野池や清流に行き、食べる事のできる鯉、銀鮒、ヘラブナを釣ってきてくれたのだ。

 嘉一も何もせずに待っていたわけではない。
 昔よく鮒豆を煮て食べさせてくれた大叔母の家に行き、再従兄達に作り方を教えてもらったのだが、驚くべき事が分かった。
 釣り好きの再従兄が釣ってきてくれた鮒を使った料理だと思っていたのが、親戚の養魚場で育てられた河内ブナだったのだ。

 河内ブナとは、琵琶湖の固有種であるゲンゴロウブナを、狭い養魚場で育てられるように品種改良したヘラブナの事なのだが、もう潰れた養魚場にはきれいな湧水がこんこんと湧き出ていたので、野池や小川で育つヘラブナとは全然違うというのだ。
 嘉一は慌ててネットで鯉や鮒が売られているか調べた。
 長野県、特に佐久地方では淡水魚をよく食べていて、養殖も盛んだと知っていたからだが、その通りだった。

 ネットで調べると、佐久地方独特の佐久鯉と佐久鮒が売られていた。
 だがこの季節に買えるのは、通年で売られている一キロから二キロの佐久鯉だけで、残念ながら佐久鮒は売られていなかった。
 しかたなく嘉一は泥抜きさせるための水槽やポンプを購入しようとしていたのだが、不意に神仏から声をかけられてしまった。

「嘉一、そのような物を購入する必要はありません。
 魚を養殖する清浄な池ならば、こちらにいくらでも用意させます。
 嘉一は生きた魚さえ持って来てくれればいいのです」

 どうやら嘉一の行動は逐一監視されていたようだ。
 嘉一はちょっと怖くなったが、同時に安堵もした。
 神仏のお陰でとんでもない大富豪になった嘉一ではあるが、何時株の売買が違法だと告発されるか分からない状態なのだ。
 人間の手が絶対に及ばない常世という逃げ場所を確保する事と、何年も暮らせる食糧を備蓄する事は大切な事だった。

「では石長様、非常食もそちらに置かせてもらっていいですか」

「構いませんよ、何でも好きなだけおいてください。
 その代わり、半分は食べられてしまう覚悟をしていてください」

 嘉一はそう言われて宝くじと株で儲けた莫大な資金を使い、長期保存のできる缶詰やレトルト食品を大量に買った。
 毎日届けられる大量の非常食を常世に持ち込んだ。
 初日には、もう食堂が五倍以上の広さになっていて、広がった分が巨大な生簀になっていたのには、嘉一も腰を抜かすほど驚いた。

 その巨大な生簀を見た嘉一は、活け佐久鯉の大量注文を行った。
 二キロの大物を五匹だけ注文していたのを、追加で大量注文した。
 なんと一〇〇匹二〇〇キロ分もの大量注文をしたのだった。
 だが、ちまちまとした家庭料理ならともかく、二キロの鯉を美味しく料理した事のない嘉一は、ヘラ師の再従兄に手伝いを頼んだ。

 幼い頃に再従兄が作ってくれた鯉の餡かけが、六十近くになっても、とても強く印象に残るくらいの想い出料理だったのだ。
 最初に送られてきた佐久鯉を、七十近くになった再従兄と一緒に料理した。
 高齢になった男性二人が料理をする姿は、みる人によったら物悲しく感じる事だろうが、当人達にはとても充実した時間だった。
 
 最初に丁寧に鯉の鱗を取り、内臓を抜いて鰓も取り揚げ易いように包丁を入れる。
 キッチンペーパーで丁寧に水分を取って塩胡椒をし、片栗粉をまぶす。
 超特大の中華鍋にたっぷりとサラダ油を入れて中温にする。
 中温にした油の中に鯉を入れ、じっくりと時間をかけて揚げる。
 油からはみ出てしまう部分にはお玉で掬った油をかけてしっかりと揚げる。
 十分に火が通ったら一度中華鍋から取り出す。

 次に餡の用意をする。
 最初に中華鍋に少しの油を入れて花椒、生姜、トウガラシを炒め、次に食べやすい大きさに切った玉葱、人参、ピーマンを入れて炒める。
 別の中華鍋で餡作りをする。
 番茶、醤油、酒、砂糖、中華黒酢、米酢、五香粉、花椒、赤トウガラシを入れて煮て、塩で味を調えて最後に片栗粉を入れて胡麻油を垂らす。
 
 最初に使った超大型中華鍋の油を高温にして、一度揚げた鯉をもう一度揚げる。
 しっかりと二度揚げした鯉に野菜餡をかける。
 白髪ねぎと三つ葉で飾って見栄えをよくする。
 パクチーを乗せてもいいのだが、嘉一はパクチーが苦手だったのだ。
 中華料理は熱いうちに食べなければ本当の美味しさは味わえない。
 嘉一はもう一人の再従兄を急いで呼んで一緒に食べた。

 再従兄二人と楽しい時間を過ごした嘉一は、再従兄達が家に戻ってから常世に行き、料理の練習を兼ねて神仏に想い出の料理を振舞った。
 実際の味ではなく、氏子や信徒の想いの強さが美味しさになるのだろう。
 神仏は日常で作る御供え料理とは段違いに喜んでくれた。
 それを見ているだけで嘉一も嬉しくなった。

 だが神仏に御供えするのが本番の目的ではない。
 本番は新しい高齢の友人達、ヘラ師に喜んでもらう事が一番の目的だった。
 問題があるのは、熱々の出来立てでなければ美味しさが半減する事だった。
 本当は河内長野にあるヘラ師の家で料理する方が、移動時間も少なくて美味しく食べられるのだが、同居家族に嫌な顔をされるのも嫌だし、必要な道具を運びこまなければいけないのも面倒だった。

 そこで嘉一の家に全員集まってもらって鯉の餡かけを振舞うことにした。
 鯉の餡かけだけではなく、海の魚の刺身や鳥や肉も料理して振舞った。
 ヘラ師達はとても喜んでくれた。
 特妻に先立たれて独居している人や息子夫婦の世話になっている人には、特に喜んでもらえた。

 酒に酔いつぶれたヘラ師達は一晩泊って行った。
 彼らは翌日も料理を振舞われて幸せだった。
 心の底から名残惜しそうに、残った料理をお土産に帰っていった。
 持ってきた生きたヘラブナや銀ブナを、同じように餡かけにしたり豆と煮たりしてから、もう一度招待するという嘉一の言葉を信じて。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ブラックベリーの霊能学

猫宮乾
キャラ文芸
 新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

東西妖怪大戦争

ビッグバン
キャラ文芸
西洋化が進んだ現代日本にもその波は押し寄せ西洋の文化も一緒に入ってきた。そうハロウィンである。しかし、入ってきたのは文化だけではなかった。

おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず
キャラ文芸
『おおかみ宿舎』に食堂で住み込みで働くことになった雛姫麻乃(ひなきまの)。麻乃は自分を『透明人間』だと言う。誰にも認識されず、すぐに忘れられてしまうような存在。 そんな麻乃が『おおかみ宿舎』で働くようになり、宿舎の住民達は二癖も三癖もある様な怪しい人々で、麻乃の周りには不思議な人々が集まっていく。 美味しい食事を提供しつつ、麻乃は自分の過去を取り戻していく。

処理中です...