知識寺跡の観音食堂

克全

文字の大きさ
上 下
10 / 36
第一章

第10話:下請けの自業自得

しおりを挟む
「嫌なのに、死にたくないのに、取材に行かされる」

 嘉一が朝起きて直ぐにSNSを確認すると、本当かどうか分からないが、テレビ局に無理矢理人体発火のリポーターをさせられるアイドルの呟きがあった。
 その呟きが呼び水になったのか、テレビ局に対する批判がSNSを席巻している状態になっていた。
 嘉一にとっても自分の言動を考え直す契機になった。

 嘉一は、権力を笠に着て被害者遺族を更に傷つけるマスゴミなど、殺されて当然だと思っていた。
 金儲けのために、手先になっている連中も同罪だと思っていた。
 だが、今回の呟きが本当なら、嫌々やらされている者もいる。
 自分が利を得るために、手先になっている事は同じだから、殺されても仕方がないとは思うが、『姥ヶ火』が優先順位を間違っている気がした。

 嘉一は原付を使って急いで人体発火現象の起きている地域に行った。
 この日も警察による厳重な警備が行われていたので、何度も職務質問を受けた。
 自作したフリーの記者の名刺を見せたが、名刺を見せた事で余計に厳しい職務質問を受けてしまった。
 中には親身になって心配してくれる警察官も居て、絶対に虐められて自殺した遺族に直接取材をしてはいけないと、具体的なアドバイスをしてくれた。

 嘉一も最初から危険な事をする気はなかった。
 それは嘉一自身に対してもだが『姥ヶ火』に対しても同じだった。
 嘉一が接触する事で『姥ヶ火』が地獄に落とされるなど、絶対に嫌だったのだ。
 だから嘉一がやったのは、自殺に追い込まれた虐められっ子の実家にはいかず、実家から離れた場所にある人体発火現場巡りだった。
 人体発火現場を巡って『姥ヶ火』にお祈りする事だった。

(どうか聞き届けてください『姥ヶ火』。
 直接実家に取材に来るような連中を発火せせるのはしかたがない事でしょう。
 ですが本当に悪いのは、取材に来ている人間ではありません。
 無理矢理取材させている上司、特に社長や会長、役員たちです。
 『姥ヶ火』に力があるのなら、取材させている連中を発火させるべきです。
 下っ端の取材クルーや記者を発火させても、取材を止めさせて家族を護る事はできません。
 権力者を殺して恐怖させない限り、下っ端が送られ続けます)

 嘉一は真摯に心から祈り願い念じた。
 少しでも人体発火の被害者を減らそうとする、心優しい警察官に何十回も職務質問されながら、事件の起きている地域を巡って祈り願い念じた。
 その甲斐があったのか、取材クルーや記者が自殺した虐められっ子の家に押しかけないように、警備線を張り職務質問を繰り返した警察官のお陰なのか、日が暮れるまで誰一人発火する事はなかった。

 一日中歩き回って祈り願い念じた嘉一は疲れ切っていた。
 その場で大の字になって眠りたいくらい疲れ果てていた。
 近くのホテルや旅館で泊まろうかとも考えた嘉一だったが、これからも神仏にお供えする事を考えると、余計なお金は使えないと考え直した。
 今日は現場に来ていたのでお供えをしなかったが、過去二日の間にお供えのために使った金額は、嘉一にとっては大金だった。

 元々は修行に集中するために、神仏が現世利益として宝くじを当ててくださったお金なので、全部お供えしても当然のお金ではある。
 だがいったん自分のモノになってしまうと、惜しくなってしまうのが人情だ。
 少しでも節約して、働くことなく暮らしていきたいと思ってしまっていた。
 お供えをケチるような事はしないが、自分の使うお金は節約してしまう。

 あまりの疲れで眠くなってしまい、居眠り運転をしそうになるのを、眠気覚ましの強烈なガムを噛みながら、フラフラになって帰宅した。
 人体発火地域を巡っている間に、情報収集もかねて地域の飲食店で食事をしていたので、家に帰っても料理をする必要はなかった。
 お風呂だけは入ろうと、自宅に帰るまでは思っていたのだが、自宅についた途端、万年床に倒れ込んでしまった。

 あまりにも冷えこみが激しくて、嘉一は翌朝早く目を覚ます事になった。
 万年床に倒れ込んで眠ってしまったため、エアコンの暖房をかけてもいなければ、炬燵に電源も入れていなかった。
 それどころか、掛け布団すら使っていなかった。
 寒さで目を覚ました嘉一は、急いでホーム炬燵の電源を入れて温まった。

 嘉一は幸いにして風邪をひかずにすんでいた。
 普段は薄いブラックのインスタントコーヒーを飲む嘉一が、その朝は砂糖を入れたインスタントコーヒーを飲んで温まった。
 昨日は情報収集のために何度も飲食をしてお腹一杯だったはずなのに、朝になったら若い頃のように空腹になっていた。

 嘉一は空腹のあまり、神仏にお供えするために買い集めた食材を使って料理を作ることにしたのだが、ついつい作り過ぎてしまった。
 直ぐに料理できる食材はクジラ肉だけだったので、厚みのある赤身肉をステーキにして焼いて食べた。
 それだけでは満足できずに、クジラのベーコンも食べてしまった。

 空腹が落ち着いた嘉一は、まだ夜が明ける前だったが、元事務所だった場所に行ってネットでSNSを確認する事にした。
 早朝で冷え込む事務所のエアコンを動かして、少しでも暖かくしながらパソコンの電源を入れて、人体発火に関する情報を集めた。

「東京で大量の人体発火」
「それ、テレビ局の電話取材だぜ」
「ネットでレポーターの呟きが問題になったから、電話取材に切り替えた」
「電話取材した奴が発火したのか」
「虐めを苦に自殺した子の両親に、悪質な質問をしたらしい」
「自業自得だな」
「どうせなら社長や会長を発火させればいいのに」
「本当なのか、いくらなんでも電話を通じて人体発火するか」
「それ本当の事、私が呟いたせいで他の人が死んでしまった」

 どこまで本当の事なのか、嘉一には分からなかった。
 だが完全な嘘だとも、根も葉もないことだとも思えなかった。
 マスゴミなら、相手がどれほど迷惑するのか分かっていても、相手がノイローゼになるくらい、繰り返し電話取材するのが予測できた。
 一局一社だけではなく、全テレビ局と全新聞社に加え、全てのゴシップ誌が身勝手な電話取材をしていた事だろう。

 いや、テレビ局に至っては、番組ごとに個別に電話取材しているのが予測できた。
 電話がつながるまで、相手が苦しむ事など簡単に予測できるのに、予測できなかったと言い訳する事を前提に、迷惑電話を繰り返していただろう。
 嘉一は心から反省していた。
 『姥ヶ火』に報復方法を考えろと言う前に、テレビ局や新聞社のやり方を批判すべきだったと心から反省していた。
 あの祖母なら、絶対にそうしていたと思ったからだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

流星

kiyona
キャラ文芸
失意の中に真意は宿る。的な話

合言葉(あいことば)は愛の言葉

転生新語
キャラ文芸
 高校一年生の私は、学校の制服姿で囚われていた。誘拐犯と室内にいて、そこに憧れの先輩である、倉餅万里愛(くらもち まりあ)さまが入室してきた……  カクヨムに投稿しています→https://kakuyomu.jp/works/16818093092917531016  また小説家になろうにも投稿しました→https://ncode.syosetu.com/n6577ka/

桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心
ファンタジー
 鬼ヶ島にて、犬、猿、雉の犠牲もありながら死闘の末に鬼退治を果たした桃太郎。  島中の鬼を全滅させて村に帰った桃太郎は、娘を授かり桃姫と名付けた。  桃姫10歳の誕生日、村で祭りが行われている夜、鬼の軍勢による襲撃が発生した。  首領の名は「温羅巌鬼(うらがんき)」、かつて鬼ヶ島の鬼達を率いた首領「温羅」の息子であった。  人に似た鬼「鬼人(きじん)」の暴虐に対して村は為す術なく、桃太郎も巌鬼との戦いにより、その命を落とした。 「俺と同じ地獄を見てこい」巌鬼にそう言われ、破壊された村にただ一人残された桃姫。 「地獄では生きていけない」桃姫は自刃することを決めるが、その時、銀髪の麗人が現れた。  雪女にも似た妖しい美貌を湛えた彼女は、桃姫の喉元に押し当てられた刃を白い手で握りながらこう言う。 「私の名は雉猿狗(ちえこ)、御館様との約束を果たすため、天界より現世に顕現いたしました」  呆然とする桃姫に雉猿狗は弥勒菩薩のような慈悲深い笑みを浮かべて言った。 「桃姫様。あなた様が強い女性に育つその日まで、私があなた様を必ずや護り抜きます」  かくして桃太郎の娘〈桃姫様〉と三獣の化身〈雉猿狗〉の日ノ本を巡る鬼退治の旅路が幕を開けたのであった。 【第一幕 乱心 Heart of Maddening】  桃太郎による鬼退治の前日譚から始まり、10歳の桃姫が暮らす村が鬼の軍勢に破壊され、お供の雉猿狗と共に村を旅立つ。 【第二幕 斬心 Heart of Slashing】  雉猿狗と共に日ノ本を旅して出会いと別れ、苦難を経験しながら奥州の伊達領に入り、16歳の女武者として成長していく。 【第三幕 覚心 Heart of Awakening】  桃太郎の娘としての使命に目覚めた17歳の桃姫は神仏融合体となり、闇に染まる関ヶ原の戦場を救い清める決戦にその身を投じる。 【第四幕 伝心 Heart of Telling】  村を復興する19歳になった桃姫が晴明と道満、そして明智光秀の千年天下を打ち砕くため、仲間と結集して再び剣を手に取る。  ※水曜日のカンパネラ『桃太郎』をシリーズ全体のイメージ音楽として執筆しております。

翠碧色の虹・彩 随筆

T.MONDEN
キャラ文芸
5人の少女さんが、のんびり楽しく綴る日常と恋愛!? ---あらすじ--- 不思議な「ふたつの虹」を持つ少女、水風七夏の家は民宿である事から、よくお友達が遊びに来るようです。今日もお友達が遊びに来たようです♪ 本随筆は、前作「翠碧色の虹」の、その後の日常です。 ↓小説本編 http://nanatsuiro.my.coocan.jp/nnt_frma_a.htm ↓登場人物紹介動画 https://youtu.be/GYsJxMBn36w ↓小説本編紹介動画 https://youtu.be/0WKqkkbhVN4 どうぞよろしくお願い申しあげます! ↓原作者のWebサイト WebSite : ななついろひととき http://nanatsuiro.my.coocan.jp/ ---------- ご注意/ご留意事項 この物語は、フィクション(作り話)となります。 世界、舞台、登場する人物(キャラクター)、組織、団体、地域は全て架空となります。 実在するものとは一切関係ございません。 本小説に、実在する商標や物と同名の商標や物が登場した場合、そのオリジナルの商標は、各社、各権利者様の商標、または登録商標となります。作中内の商標や物とは、一切関係ございません。 本小説で登場する人物(キャラクター)の台詞に関しては、それぞれの人物(キャラクター)の個人的な心境を表しているに過ぎず、実在する事柄に対して宛てたものではございません。また、洒落や冗談へのご理解を頂けますよう、お願いいたします。 本小説の著作権は当方「T.MONDEN」にあります。事前に権利者の許可無く、複製、転載、放送、配信を行わないよう、お願い申し上げます。 本小説は、他の小説投稿サイト様にて重複投稿(マルチ投稿)を行っております。 投稿サイト様は下記URLに記載 http://nanatsuiro.my.coocan.jp/nnt_frma_a.htm

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜

櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。 そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。 あたしの……大事な場所。 お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。 あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。 ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。 あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。 それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。 関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。 あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...