美しくない私は家族に下女扱いされています。

克全

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第一章

第6話:懇願

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帝国歴222年4月12日:幼女の家

「「ラウラ!」」

 華美ではない、とても上質な服を着た男女が叫んだ。
 若々しさを残しながらも、死線を乗り越えた者独特の風格もある。
 ひと目で只者とは思えない男女が幼女に駆け寄る。

「お父様、お母様、ただいま」

 只者ではない男女に我を忘れさせた幼女は、普段と全く変わりがなかった。
 一度誘拐されて辛くも逃げ出したと言うのに、満面の笑みを浮かべている。

 助けられてから2日経っている。
 多少は落ち着けただろうが、信じられない大物振りだ。

「よくぞ無事で!」
「ラウラ、私の天使、よく帰ってきてくれました!」

 男女の浮かべる泣き笑いの表情からは、心からの喜びがうかがえる。
 助けたミアが、これから起こるであろう困難な事態を一時忘れるほどだった。

 だが同時に、ミアの心に痛みが走るのもしかたがない事だった。
 ミアに生まれてから1度もは与えられなかった、柄養親からの愛情を見せつけられているのだから。

 ミアも漢も、両親の喜びを邪魔するような無粋者ではない。
 2人が落ち着くのを黙って待っていた。

「お父様、お母様、私を助けてくださったミア様とシモーネ様」

「おおおおお、これは失礼いたしました。
 喜びのあまり、娘の命の恩人に無礼を働いてしまいました」

「事情はラウラ嬢と捕らえた者達から聞いています。
 攫われた1人娘が無傷に戻ってきたのです。
 我を忘れるのは当然の事です」

 ライラの両親との交渉は2人を助けた漢、シモーネに一任されていた。
 ミアは出来るだけ早く屋敷に戻りたかったし、自分の事情を詮索されたくなった。

 それと、ライラの両親からお礼をもらうのを固辞したのも、理由の1つだ。
 ライラの両親と交渉する必要など何もなかった。

 どれほど莫大なお礼をもらったとしても、両親と妹に取り上げられるだけだ。
 それなら自分がもらえるはずの分もシモーネがもらえばいいと思っていた。

「そう言っていただけると助かります」

「お父様、ミア様を私の侍女にして」

 ラウラの父親、ベニートには直ぐに意味の分からない言葉だった。

「何を言っているのだい?」

「だから、私を助けてくれたミアを私の侍女にして欲しいの。
 ミアは両親と妹に虐められているの。
 だから今度は私が助けてあげるの」

 シモーネの配下が考えた苦肉の策だった。
 シモーネの善意は固辞できるミアでも、天真爛漫な幼女の願いは無碍にできない。
 一度誘拐された幼女が、信じられるミアに側にいて欲しいと願うのは断り難い。

 そう考えたシモーネ配下の策だったが、残念ながら見落としがあった。
 1人娘を誘拐されたばかりの父親の想いを計算に入れていなかった。

 取引相手から紹介状までつけられて雇った御者見習いに娘を誘拐されたのだ。
 いくら目に入れても痛くない1人娘の願いでも、そう簡単には信用できない。

「駄目よ、ライラちゃん。
 私は1日でも早く家に戻らなければいけないの」

「でも、シモーネ様の友達が言っていたわ。
 ミア様は家で虐められていて、ご飯も食べさせてもらえないって。
 だから私を助けた時に倒れてしまったって」

「まあ、そんな酷い!
 それにラウラを助けて倒れられたのですか?!
 貴方、何を迷っていられるのですか!
 今直ぐミア様を雇うと言いなさい!
 ラウラの命の恩人なのですよ。
 今度は私達が助ける番です!」

 王国でも有数の商家の主人であるベニートだが、本気になった妻には敵わない。
 交易に向かった父を山賊に殺され、若くして商会の跡を継いだベニートは、その年齢に比べて経験が豊富で、それなりの死線をくぐっている。

 そんなベニートでも絶対に勝てない相手が2人いる。
 1人が溺愛している娘のラウラ。
 もう1人が勝利の女神と言える妻のニコーレだった。

 勝利と言う意味の込められた名前に相応しく、ニコーレは勝負時に強い。
 軽々しく賭け事などしないが、商売の岐路に立った時や交易の航路を選ぶ時、ニコーレの選んだ方は全て無事だった。

 そんなニコーレがミアを雇えと言っているのだ。
 ミアを雇う事が家の利益になるのは間違いなかった。
 ベニートの不安は一瞬で吹き飛んだ。

「分かったよ、私の女神ニコーレ。
 直ぐに決断できなくて申し訳ない。
 ミア殿をラウラの家庭教師として雇わせていただきます」

「いえ、お断わりさせていただきます。
 先ほども申し上げたように、私にも事情があるのです。
 虐待されているとはいえ、両親と妹に違いはありません。
 家事が何もできない3人を放り出しておくわけにはいきません」

 お礼を固辞するミアにシモーネが話しかけた。

「ミア嬢、申し訳ないが、助けた人間の責任として事情を調べさせてもらった」

 シモーネは内心の怒りが表に出ないように淡々と話した。

「ミア嬢が心配している3人だが、妹のエレオノーラが誘惑した、第1王子のインマヌエルに泣きついたようだ」

「え?!」

「ミア嬢が家に戻れなかったその日のうちに、ミア嬢が病気で死んだと王城に届け出ただけでなく、それを理由に金銭的な支援まで願い出ている。
 インマヌエルが証人になった事で、そんな非常識が即日認められてしまった。
 ミア嬢はもう死んだ事になっている。
 今更家に戻っても邪魔になるだけだ。
 いや、国王に嘘をついた事にならないように殺されるだろう」

「ああああああ!」

 シモーネの話を聞いたミアは、絶望のあまり泣きながらその場に崩れ落ちた。
 今まで我慢に我慢を重ねてきたが、最後まで保っていた気力が尽きてしまった。
 倒れただけでなく、気持ちが高じて気を失ってしまった。

「ミア嬢!」

 ミアを絶望の淵に突き落とした形になったシモーネは慌てた。
 彼からすれば、ミアを助けたくて、家を捨てさせたくて、真実を伝えただけで、ミアを苦しめたいとは思っていなかったから。
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