86 / 88
第四章
第八十六話:驚愕
しおりを挟む
大道寺長十郎の機嫌がとてもよくなっていた。
剣の達人だけあって、自分の気分で表向きの態度が悪くなる事などない。
だが気配がどうしても刺々しくなってしまう。
命のやり取りをする戦場では抑えられても、評定の場ではでてしまう。
連日の評定には参加しているが、する事もないので何一つ口を利かなかった。
仇討ちが否定された評定など時間の無駄でしかなかったからだ。
だが今は確かな目標があった。
一橋治済の流罪が決定して地方に送られる日時と道順を確かめ、待ち伏せして殺すという、仇討ちができるめどがついたのだ。
そのためには自分が急病で死んだことにしなければいけないが、梅吉が身代わりにする遺体を用意してくれるというので、何の心配もいらなかった。
だから密偵になって敵陣に紛れ込んでいる気分で、周りに溶け込もうと付和雷同の言葉を口にするようになっていた。
「それでは主犯だと目される水谷と立石の家族につきましては、大納言様を弑逆した大逆の一族として連座を適用いたします」
担当の目付が内心の張り切りを隠して淡々と話している。
だがこれを出世の足掛かりにしようとしている事は、漏れ出る気配から大道寺長十郎には一目瞭然だった。
内心では反吐が出る思いだったが目立たないように小さく賛同の言葉を口にした。
「立石の家族に関しましては、婿養子として入った立石家の者たちおりますが、問題なのは戸籍を偽って血の繋がらない立石を三男だとした鈴木家でございます。
血の繋がらない者を金で三男として、旗本の血統でない者が立石家の当主になる道をつくってしまいました。
鈴木家がこのような事をしなければ、大納言様が弑逆されることもなかったかもしれません。
鈴木家も処刑にすべきでございます」
目付が内心興奮していたのは、この悪事を調べ上げた事からだった。
確かに鈴木家が戸籍を売るような悪事をしなければ、徳川家基は弑逆されなかったかもしれないから、調べ上げた事は評価される。
だがそれを出世の足掛かりにしようとするのは見苦しい。
少なくとも長十郎には汚く見えた。
「更にでございます。
更に立石は鈴木家から戸籍を買う前に、妻子をもうけいていたのです。
剣の修業をしていた沼田道場の娘を誑かして子供を産ませ、次期道場主の座を手に入れ、師が亡くなると道場を売り払い妻子を捨てて立石家に婿入りしたのです」
目付が自分を抑えきれなくなって、そこまで調べた自分の手柄を誇るように話す。
「何と卑劣な奴だ」
若年寄の一人があまりの非道さに思わず吐き捨てるように言った。
「捨てられたとはいえ、大逆を犯した者の妻子です。
特に子供は逆賊立石の血を継いでおります。
この二人も処刑すべきだと思われます」
「捨てられた妻子を処刑するのはかわいそうだが、逆賊の血を継いでいるのならしかたがない事であろうな」
先程義憤に囚われた若年寄が無情な言葉を吐く。
本当は止めたいと思っている長十郎だが、一橋治済を殺すまでは目立たないようにしなければいけないと自制していた。
「では、沼田りょうと沼田虎太郎は処刑という事でよろしいですね」
剣の達人だけあって、自分の気分で表向きの態度が悪くなる事などない。
だが気配がどうしても刺々しくなってしまう。
命のやり取りをする戦場では抑えられても、評定の場ではでてしまう。
連日の評定には参加しているが、する事もないので何一つ口を利かなかった。
仇討ちが否定された評定など時間の無駄でしかなかったからだ。
だが今は確かな目標があった。
一橋治済の流罪が決定して地方に送られる日時と道順を確かめ、待ち伏せして殺すという、仇討ちができるめどがついたのだ。
そのためには自分が急病で死んだことにしなければいけないが、梅吉が身代わりにする遺体を用意してくれるというので、何の心配もいらなかった。
だから密偵になって敵陣に紛れ込んでいる気分で、周りに溶け込もうと付和雷同の言葉を口にするようになっていた。
「それでは主犯だと目される水谷と立石の家族につきましては、大納言様を弑逆した大逆の一族として連座を適用いたします」
担当の目付が内心の張り切りを隠して淡々と話している。
だがこれを出世の足掛かりにしようとしている事は、漏れ出る気配から大道寺長十郎には一目瞭然だった。
内心では反吐が出る思いだったが目立たないように小さく賛同の言葉を口にした。
「立石の家族に関しましては、婿養子として入った立石家の者たちおりますが、問題なのは戸籍を偽って血の繋がらない立石を三男だとした鈴木家でございます。
血の繋がらない者を金で三男として、旗本の血統でない者が立石家の当主になる道をつくってしまいました。
鈴木家がこのような事をしなければ、大納言様が弑逆されることもなかったかもしれません。
鈴木家も処刑にすべきでございます」
目付が内心興奮していたのは、この悪事を調べ上げた事からだった。
確かに鈴木家が戸籍を売るような悪事をしなければ、徳川家基は弑逆されなかったかもしれないから、調べ上げた事は評価される。
だがそれを出世の足掛かりにしようとするのは見苦しい。
少なくとも長十郎には汚く見えた。
「更にでございます。
更に立石は鈴木家から戸籍を買う前に、妻子をもうけいていたのです。
剣の修業をしていた沼田道場の娘を誑かして子供を産ませ、次期道場主の座を手に入れ、師が亡くなると道場を売り払い妻子を捨てて立石家に婿入りしたのです」
目付が自分を抑えきれなくなって、そこまで調べた自分の手柄を誇るように話す。
「何と卑劣な奴だ」
若年寄の一人があまりの非道さに思わず吐き捨てるように言った。
「捨てられたとはいえ、大逆を犯した者の妻子です。
特に子供は逆賊立石の血を継いでおります。
この二人も処刑すべきだと思われます」
「捨てられた妻子を処刑するのはかわいそうだが、逆賊の血を継いでいるのならしかたがない事であろうな」
先程義憤に囚われた若年寄が無情な言葉を吐く。
本当は止めたいと思っている長十郎だが、一橋治済を殺すまでは目立たないようにしなければいけないと自制していた。
「では、沼田りょうと沼田虎太郎は処刑という事でよろしいですね」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
一ト切り 奈落太夫と堅物与力
相沢泉見@8月時代小説刊行
歴史・時代
一ト切り【いっときり】……線香が燃え尽きるまでの、僅かなあいだ。
奈落大夫の異名を持つ花魁が華麗に謎を解く!
絵師崩れの若者・佐彦は、幕臣一の堅物・見習与力の青木市之進の下男を務めている。
ある日、頭の堅さが仇となって取り調べに行き詰まってしまった市之進は、筆頭与力の父親に「もっと頭を柔らかくしてこい」と言われ、佐彦とともにしぶしぶ吉原へ足を踏み入れた。
そこで出会ったのは、地獄のような恐ろしい柄の着物を纏った目を瞠るほどの美しい花魁・桐花。またの名を、かつての名花魁・地獄太夫にあやかって『奈落太夫』という。
御免色里に来ているにもかかわらず仏頂面を崩さない市之進に向かって、桐花は「困り事があるなら言ってみろ」と持ちかけてきて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる