仇討浪人と座頭梅一

克全

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第四章

第八十二話:鳩首密議

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「さて、如何にすべきであろうな、侍従」

「まさかこのようなことになろうとは、全く想像もしておりませんでした」

 徳川家治と田沼意次はあまりの急展開に言葉を失っていた。
 どこの誰が、薩摩藩の当主が暗殺されることを想像できると言うのだ。
 そんな者がいるとすれば、古代中国の韓信や楽毅にも比肩する軍師だろう。
 徳川家治が次期将軍を発表する場だった幕閣の集まりが、薩摩藩をどう扱うかの場に変わってしまっていた。

 そんな中に、本来なら呼ばれるはずのない大道寺長十郎がいた。
 幕閣のお歴々には事前に話が通されていたが、徳川家基暗殺犯を追い続け、その証拠を見つけ出した武功の主として、特別に参加を許されていた。
 だがそのためにはそれなりの役目につけなければいけなかった。
 しかし抜擢するにしても限度というものがあった。

 一般的に幕閣と呼ばれる者は、大老、老中、若年寄、側用人あたりになる。
 徳川幕府最高の諮問機関である評定所の主要な構成員は、寺社奉行の四人、町奉行の二人、公事方勘定奉行の二人となる。
 実際に評定所で裁判が行われる時には、月番の老中一人が主になり、町奉行、寺社奉行、勘定奉行に大目付や目付が加わることになる。
 今回は場合によっては薩摩藩を取り潰すことになるので、大老、老中、若年寄、側用人、町奉行、寺社奉行、勘定奉行、大目付、目付が全員参加している。

 徳川家治は田沼意次に相談したうえで大道寺長十郎を大目付に大抜擢した。
 自ら役目を辞した無役旗本が急に大目付に選ばれるなど前代未聞の大抜擢だった。
 だが、それも徳川家治と田沼意次が熟考したうえで決めた事だった。
 武芸一筋に長十郎を実務能力の必要な役目につけるわけにはいかないので、徳川幕府が大名家と潰さない方針に転換してからは、名誉職になった大目付が選ばれた。
 何よりも長十郎の悲願である徳川家基の仇を討つためには、大名を処断する権限のある大目付に抜擢するしかなかった。

 普通の旗本なら大出世ができて喜びに満ち溢れているはずなのだが、大道寺長十郎の顔色はとても悪かった。
 足高で二千五百石が支給されると言われても、落ち着いたら石高自体を三千石にすると言われても、全く喜ばなかった。
 理由はこの集まりの原因である薩摩藩主島津重豪殺しの犯人に、心当たりがあったからだった。

 いや、心当たりがあるどころか、一緒に盗みや殺しを行った仲だ。
 今回の島津重豪殺しも、自分の悲願を達成するために助太刀してくれたという可能性すらあるのだ。
 とてもではないが出世を喜んでいられない。
 いや、実際には梅一を裏切る誘惑に囚われ困惑していたのだ。
 別に梅一たちを町奉行所や火付け盗賊改方に売ろうと考えているわけではない。
 一橋治済を斬り殺すことになったら、暗殺者として共に働くという約束を破るしかないと思っていたのだ。 
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