仇討浪人と座頭梅一

克全

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第四章

第八十一話:打落水狗

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 徳川家治が決断を一日遅らせた翌朝早々、また瓦版が売られた。
 前日は徳川家基暗殺犯を告発する内容だった。
 その文章の衝撃力は幕閣を揺るがすほどだった。
 今日の瓦版の内容も同じくらい衝撃的な内容だった。
 いや、もしかしたらもっと衝撃力が強かったかもしれない。
 なぜなら徳川家基の敵討ちに島津重豪を殺したという内容だったからだ。

 これには江戸っ子も大名旗本も腰を抜かさんばかりに驚いた。
 徳川幕府が送る忍びすべて見つけ出して皆殺しにするくらい、常在戦場の精神を保ち武名轟く薩摩藩島津家が、事もあろうに藩邸に刺客の侵入を許して当主を殺されたと言うのだから、にわかには信じられに事だった。
 だから島津家の親戚縁者の大名家や旗本家から確認の使者が送られた。

 瓦版に書かれた事で、薩摩藩は崖っぷちに追い込まれることになった。
 武門の家が、屋敷に刺客の侵入を許して当主を暗殺されたとなれば、士道不覚悟を問われて藩が取り潰しになる可能性がある。
 瓦版の内容が嘘偽りなら、島津重豪が表にでて元気にふるまえば済む。
 だが本当に殺されてしまっているので、近いうちに病死を届けなければいけない。
 そうなればいくら噂を否定しても誤魔化しようがなかった。

 藩重役の気持ちとしては、影武者を立てて島津重豪が生きている事にしたい。
 だがそんな事をして噓が露見してしまったら、確実に薩摩藩は潰される。
 だから早急に病気だと届けなければいけない。
 しかしながら島津重豪の嫡男虎寿丸はまだわずか六歳だ。
 万が一 虎寿丸まで殺されるような事があれば、これもまた薩摩藩が取り潰される原因になるのだ。

 徳川幕府の初期政策では、末期養子を認めず多くの藩を潰してきた。
 だがその所為で浪士や浪人が増え、著しく治安が悪化してしまった。
 そこで徳川幕府は方針を変え、十七歳以上五十歳未満の当主なら末期養子を認めるようになっていた。

 いや、審議で認められれば、当主が五十歳以上の場合でも末期養子を認めた。
 だがさすがに十七歳以下は認められない。
 その危険を回避するために、大名家と旗本が当主の年齢を偽る事も多い。
 だがいくら何でも六歳の子供を十七歳と偽ることはできない。
 薩摩藩は七人の盗賊を斬り殺した事で、当主が殺されたばかりか藩まで潰されかねない危地に追い込まれたのだ。

「お千万の方、この度の失態、お詫びのしようもございません。
 本来ならば直ぐにでも殿の病死届を出し、虎寿丸様に跡目を継いでいただくところなのですが、今のままでは虎寿丸様が危険すぎます。
 薩摩藩を取り潰そうとする者が、必ず虎寿丸様の御命を狙ってまいります。
 殿が追放した山くぐり衆を呼び戻しはしましたが、彼らの忠誠心が以前と同じように発揮されない可能性もございます。
 敵に籠絡される恐れもございます。
 ここは一旦加治木島津家の飛騨様に跡を継いでいただき、虎寿丸様には飛騨様のご養子になっていただこうと考えております」

 島津重豪に遠ざけられた家老が、緊急事態と頼られ、誰もやりたがらない役目を与えられていた。
 この時に生まれている島津重豪の男児は虎寿丸(島津斉宣)だけだったのだ。
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