仇討浪人と座頭梅一

克全

文字の大きさ
上 下
76 / 88
第四章

第七十六話:報復

しおりを挟む
 下城時間が過ぎても真剣に激しく話し合っていた田沼意次と大道寺長十郎が、今一度屋敷に戻って考えようとしたその夜、梅一たちが動いた。
 薩摩藩が屋敷を護る体制を立て直す前に復讐、報復を行った。
 見事に薩摩藩上屋敷に侵入した男、梅一と巳之介と並び称される盗賊。
 鳶銀と綽名される銀次郎が見事にやってのけた。

 本当は仲間が殺される原因を作った梅一が自らの手で報復したかった。
 それができるだけの忍び込みの技も身につけていた。
 だが、次期頭目に決まった事で身勝手は許されなくなった。
 よほどのことがない限り、危険な事ができなくなってしまった。
 少なくとも、大名屋敷に忍び込んで当主を殺すような荒事はさせてもらいない。

 そこで暗殺を託されたのが鳶銀だった。
 普段は江戸で鳶職をしている鳶銀だ。
 火事が起きれば火消の纏振りとして活躍する漢でもある。
 毎日忍び込みの鍛錬を繰り返しても誰にも疑われない。
 自らの能力が落ちてきた場合も正確に知ることができる。
 そして今の鳶銀は最高の技を振るうことができる。

 再び薩摩藩上屋敷の御殿天井裏に忍び込んだ鳶銀は、易々と島津重豪の寝所の上に移動し、不寝番に気配を悟られることなく部屋に降りた。
 本職の忍者ならば、寝ている所を殺すのは卑怯と考える。
 一度枕を蹴飛ばして敵が目を醒ました後で殺す。
 ほんの一瞬の差でしかないが、形式美として行われる。
 だが鳶銀は忍者ではなく盗賊なのだ。

 鳶銀は島津重豪を起こすことなく鎧通しで心臓を一突きした。
 悲鳴をあげさせないように、口を押えて一突きした。
 鎧のすき間から突き殺すことに特化した武器、それが鎧通しだ。
 刃の幅が狭くて手元部分の重ねが極端に厚く先が薄い、実戦を重視した武器だ。
 肋骨をものともせずに突き刺せるように造られている。
 その鎧通しで上手く肋骨のすき間をついて心臓を刺し貫いたのだ。

「うっぐ」

 一瞬くぐもった悲鳴をあげそうになった島津重豪だが、口を幾重にも手拭いを巻いた鳶銀の左手で押さえられているので、何の音も漏れなかった。
 人が死に時に放つ気配は独特のものがある。
 剣術の達人、ひとかどの剣客が不寝番を務めていればその気配に気がつく。
 当然だが常在戦場の精神で幕府の忍者に備えている薩摩藩邸は、示現流を極めた藩士を不寝番に選んでいた。

「殿、大丈夫でございますか、殿」

 控えの間にいた不寝番が島津重豪に声をかける。
 鳶銀は瞬時に障子を開けて逃げ出した。
 天井裏に跳んで隠れては逃げきれなくなると判断したのだ。
 不寝番が警備している庭を走り抜けてできるだけ早く屋敷の外に出る。
 それが生き残るための唯一の方法だと一瞬で考え実行に移した。

「出会え、狼藉者だ、斬って捨てよ。
 医者を呼べ、殿が襲われた。
 直ぐに医者を呼ぶのだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

猿の内政官の孫 ~雷次郎伝説~

橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官シリーズの続きです。 天下泰平となった日の本。その雨竜家の跡継ぎ、雨竜秀成は江戸の町を遊び歩いていた。人呼んで『日の本一の遊び人』雷次郎。しかし彼はある日、とある少女と出会う。それによって『百万石の陰謀』に巻き込まれることとなる――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...