仇討浪人と座頭梅一

克全

文字の大きさ
上 下
74 / 88
第四章

第七十四話:後継者争い

しおりを挟む
 徳川家治は大道寺長十郎の言葉に強く惹かれた。
 八代様の御血筋を絶やすことなく、息子の無念を晴らすことができる。
 できる事ならその通りにふるまいたかった。
 だがそれでは次期将軍を継ぐ者がいなくなってしまう。
 八代様が将軍位を継承された時のように、紀州徳川家と尾張徳川家で血で血を洗う後継者争いが再び始まってしまう。

「長十郎殿の考えは分からないでもない。
 私も亡き大納言様の御無念を思えば、そのように振舞いたい。
 だがそれでは次期将軍家の座を争って天下大乱が起こるやもしれぬ。
 少なくとも紀州徳川家と尾張徳川家で後継者争いが起こるのは間違いない。
 その事は長十郎殿も分かっているのではないか」

 田沼意次には大道寺長十郎の正義感が苦々しく感じられた。
 主君と決めた徳川家基に殉じようとする気持ちは分からないでもない。
 だがそれでは天下を治める将軍家の輔弼は務まらない。
 徳川家基の若い正義感を思い出しつつ、田沼意次は長十郎を説得にかかったのだが、そこで思いがけない意見を聞かされることになった。

「確かにその恐れがないとは申しません。
 ですが、八代様の時は次期将軍を定めていなかったから起こった争いです。
 事前に後継者を定めておれば、八代様の頃のような争いは起こりません。
 御老中が上様を輔弼されてられる限り、天下に騒乱が起きる事はありません」

「長十郎殿が褒めてくれるのはありがたいが、事はそう簡単ではない。
 紀州家も尾州家も将軍の座を狙ってなりふり構わず暗躍するだろう。
 私に賄賂を贈るだけでなく、幕閣や親藩譜代名門に働きかけるだろう。
 天下が再び紀州家と尾州家に分かれて争うのだ。
 八代様の時は何とか天下大乱にならずに済んだが、今度も同じように治められるとは限らないのだぞ」

 田沼意次は徐々に苛立っていた。
 まだ穏やかに話してはいるが、長十郎の青さ若さに辟易としていた。
 理想論などもう聞きたくなかった。
 紀州徳川家当主の徳川治貞は分家の西条松平家から養子に入っているので、代で言えば東照神君からは遠く離れてしまっている。
 紀州徳川家は二度も分家から後継者を迎えているのだ。
 八代様と同じ紀州家の血筋だが、将軍家を継承するには弱すぎる。

 一方の尾州徳川家も、八代様が将軍家を継承された時の因縁がある。
 徳川宗睦が跡を継いでいるが、長男次男が相次いで先に亡くなり、分家の高須藩から松平義柄を養嗣子に迎え、徳川治行と名を改めさせている。
 血統とすれば紀州家よりもよさそうに見えるが、後継者の点で弱い。
 次期将軍に迎えたとしても、再び後継者問題に直面しかねないのだ。

「なぜ尾州家と紀州家に拘られるのですか。
 もっと次期将軍家にふさわしい方がおられるではありませんか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...