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第四章
第七十話:苦悩
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池原雲伯の屋敷が薩摩忍軍に襲われた翌日、多くの事が同時に起こっていた。
大道寺長十郎が決死の覚悟で江戸城に登城した。
池原雲伯が捕まった事で、徳川家基殺しが公になることが予測できた。
実行犯の池原雲伯が密かに口封じされることを長十郎は恐れた。
何より恐れたのは、自分が直接仇討ちにかかわれなくなる事だった。
せめて一太刀、亡き主君徳川家基様の御無念を込めた剣を黒幕に浴びせたい。
その想いで、浅葱色の死に装束をまとって徳川家治に御目見えを願い出た。
「久しぶりだな、直賢。
大納言が亡くなって以来だから、半年ほどか」
普通なら絶対に認められない急な御目見え願いだったが、長十郎が本家の大道寺家と親類の縁者の全てに協力を願い出た事で、例外的に認められた。
何より徳川家治の長十郎に対する印象がよかった事が大きかった。
徳川家基の側近くに仕えた者の大半が、引き続き幕府の役目にと止まった。
自分の出世や家の繁栄のために役目を続けた。
ただ独り長十郎だけが、徳川家基に殉じて役目を辞していたのだ。
「大納言様を弑逆した下手人と黒幕を探るべく、勝手に御役を辞した事、改めてお詫びさせていただきます。
しかしながら、証拠を手に入れる事と、証言を聞く事はかないました。
黒幕と下手人が密談する部屋の天井裏に潜み、全てを聞いております。
まずは証拠の告白文をお改めください」
大道寺長十郎は持参した告発文を恭しく取り出した。
徳川家治に仕える小姓が受け取って安全を確かめてから家治に手渡す。
徳川家治が告発文を改める。
徐々に徳川家治の表情が厳しくなっていく。
だがそれもしかたのない事だった。
徳川家治は心から田沼意次を信頼していた。
告発文には、その田沼意次が徳川家基殺しに関与しているかもしれないと書いてあるのだから、徳川家治が苦悩するのも当然だった。
だが、あくまでも関与しているかもしれないという予想でしかなかった。
池原雲伯も実際に話をしたのは一橋家家老である水谷勝富だけだと書いている。
一橋公と田沼意次が黒幕だと言うのも、水谷勝富の発言だけだった。
「直賢、その方はいかが思うか。
亡き大納言の為に役目を辞して、ずっと下手人と黒幕を調べてくれていた直賢は、誰が黒幕だと思うか」
徳川家治は胸が張り裂けそうな想いに耐えていた。
父親としては、愛する息子を殺された恨みと怒りを、制限することなく疑わしい者全員にぶつけたい。
だが、徳川幕府を守る将軍としては、後継者の事を考えなければいけない。
一橋と田安の血統を根絶やしにしてしまったら、後継者のいない将軍家は再び後継者を巡って陰謀の嵐が吹きあれることになる。
田沼意次の性格と考え方を熟知している徳川家治は、自分が賢丸と呼んで可愛がっていた松平定信を次期将軍に擁立する可能性を理解していた。
だが同時に、松平定信が田沼意次を讒言していた事も知っていた。
徳川家基と田沼意次の仲を裂こうしていた事に気がついていた。
それが単に田安家を継げなかった恨みからきているのか、それとも次期将軍になるために暗躍していたのか、考えれば考えるほど絶望感に囚われる。
大道寺長十郎が決死の覚悟で江戸城に登城した。
池原雲伯が捕まった事で、徳川家基殺しが公になることが予測できた。
実行犯の池原雲伯が密かに口封じされることを長十郎は恐れた。
何より恐れたのは、自分が直接仇討ちにかかわれなくなる事だった。
せめて一太刀、亡き主君徳川家基様の御無念を込めた剣を黒幕に浴びせたい。
その想いで、浅葱色の死に装束をまとって徳川家治に御目見えを願い出た。
「久しぶりだな、直賢。
大納言が亡くなって以来だから、半年ほどか」
普通なら絶対に認められない急な御目見え願いだったが、長十郎が本家の大道寺家と親類の縁者の全てに協力を願い出た事で、例外的に認められた。
何より徳川家治の長十郎に対する印象がよかった事が大きかった。
徳川家基の側近くに仕えた者の大半が、引き続き幕府の役目にと止まった。
自分の出世や家の繁栄のために役目を続けた。
ただ独り長十郎だけが、徳川家基に殉じて役目を辞していたのだ。
「大納言様を弑逆した下手人と黒幕を探るべく、勝手に御役を辞した事、改めてお詫びさせていただきます。
しかしながら、証拠を手に入れる事と、証言を聞く事はかないました。
黒幕と下手人が密談する部屋の天井裏に潜み、全てを聞いております。
まずは証拠の告白文をお改めください」
大道寺長十郎は持参した告発文を恭しく取り出した。
徳川家治に仕える小姓が受け取って安全を確かめてから家治に手渡す。
徳川家治が告発文を改める。
徐々に徳川家治の表情が厳しくなっていく。
だがそれもしかたのない事だった。
徳川家治は心から田沼意次を信頼していた。
告発文には、その田沼意次が徳川家基殺しに関与しているかもしれないと書いてあるのだから、徳川家治が苦悩するのも当然だった。
だが、あくまでも関与しているかもしれないという予想でしかなかった。
池原雲伯も実際に話をしたのは一橋家家老である水谷勝富だけだと書いている。
一橋公と田沼意次が黒幕だと言うのも、水谷勝富の発言だけだった。
「直賢、その方はいかが思うか。
亡き大納言の為に役目を辞して、ずっと下手人と黒幕を調べてくれていた直賢は、誰が黒幕だと思うか」
徳川家治は胸が張り裂けそうな想いに耐えていた。
父親としては、愛する息子を殺された恨みと怒りを、制限することなく疑わしい者全員にぶつけたい。
だが、徳川幕府を守る将軍としては、後継者の事を考えなければいけない。
一橋と田安の血統を根絶やしにしてしまったら、後継者のいない将軍家は再び後継者を巡って陰謀の嵐が吹きあれることになる。
田沼意次の性格と考え方を熟知している徳川家治は、自分が賢丸と呼んで可愛がっていた松平定信を次期将軍に擁立する可能性を理解していた。
だが同時に、松平定信が田沼意次を讒言していた事も知っていた。
徳川家基と田沼意次の仲を裂こうしていた事に気がついていた。
それが単に田安家を継げなかった恨みからきているのか、それとも次期将軍になるために暗躍していたのか、考えれば考えるほど絶望感に囚われる。
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