仇討浪人と座頭梅一

克全

文字の大きさ
上 下
69 / 88
第四章

第六十九話:決意

しおりを挟む
 幕閣はぎりぎりの状況に追い込まれていた。
 御三卿の家老が処分されたのを始めに、寺社での許し難い堕落と、それをわずかな金で見逃していた寺社奉行の不正が明らかになり、幕府の威信をかけて徹底的に綱紀粛正を行っている最中に、幕府の御典医が密かに賭場を開帳していたのだ。
 しかもそれを盗賊団に襲われ、大名家の陪臣だけにとどまらず小身とはいえ旗本の当主や隠居が、盗賊程度に斬り殺されてしまう事態となっていた。

 それでも幕閣は、最初御典医の池原雲伯を処分するだけで済ませようとしていた。
 大名家や旗本を厳しく処分すれば、多くの浪士浪人が生まれて治安が悪化する。
 だから町人がどのような悪口陰口を広めようと、温情的な処分をする気だった。
 だが、目付けが池原雲伯を処分するための証拠を屋敷で探していると、時間が限られた薩摩忍者が見つけられなかった告発状が出てきた。
 さらに池原雲伯が盗賊団に殺されたという噂を信じて、雲伯が告白状を預けていた御典医仲間が預かった物を確かめ、内容に驚き慌てて幕府に訴え出てきた。

 当初は全ての訴人を殺すつもりだった薩摩藩だが、面目を丸潰れにされた町奉行所を火付け改方が本気になった事で、計画通りにはいかなくなっていた。
 特に山くぐり衆を追放処分にしてしまった事で、見張る能力激減していた。
 いや、そもそも御典医が告発文を直接江戸城内の持ち込んでしまっては、町奉行所や目安箱を見張らしていても無意味だった。

 これにより徳川家基毒殺事件が公になってしまった。
 幕閣はどう処分するべきか頭を痛めていた。
 もはや御典医の池原雲伯を内々で処分すれば済む状況ではなくなっていた。
 幕閣は松平周防守が預かっていた池原雲伯を厳しく取り調べることにした。
 その証言次第では、将軍家の浮沈を左右する決定を下さなければいけないのだ。

 場合によっては、池原雲伯に嘘の証言をさせなければいけない場合もあった。
 徳川家基暗殺の黒幕が一橋治済であった場合、一橋治済を処分するだけではすまず、その子供も弟も厳しく処分しなければいけなくなる。
 その処分が切腹になった場合は、八代将軍徳川吉宗の血筋が田安家の流れだけになってしまうのだが、もし、万が一、暗殺計画に松平定国か松平定信が加わっていたとしたら、彼らまで厳しい処分をしなければいけなくなるのだ。

 まずは事実を確かめるべく、田沼意次は一対一で池原雲伯と面談する予定だった。
 全てを知った上で、必要ならば一橋治済や松平定信が黒幕だったとしても見逃す。
 大恩ある徳川吉宗公の御血筋を守るためならば、自分を忌み嫌う松平定信を次期将軍に擁立する覚悟すら固めていた。
 例えその為に自分が切腹を命じられ、田沼家が取り潰されることになってもだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

猿の内政官の孫 ~雷次郎伝説~

橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官シリーズの続きです。 天下泰平となった日の本。その雨竜家の跡継ぎ、雨竜秀成は江戸の町を遊び歩いていた。人呼んで『日の本一の遊び人』雷次郎。しかし彼はある日、とある少女と出会う。それによって『百万石の陰謀』に巻き込まれることとなる――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

処理中です...