仇討浪人と座頭梅一

克全

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第三章

第六十七話:進退

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 薩摩忍軍の頭は進退の判断に困っていた。
 まず最初に池原雲伯の屋敷から逃がしてしまうとは思ってもいなかった。
 更に敵が火事を知らせる半鐘を打ち鳴らす事が想定外だった。
 味方が用心棒風情に斬り殺されるなど想像もしていなかった。
 まして近隣の大名旗本が助けに出てくるなどありえない事だった。
 あまりにも想像外の事が続き過ぎて次に何をすべきか判断できないでいた。

「斬り殺された味方を担いで逃げろ。
 絶対に何一つ証拠を残すな。
 万が一捕まりそうになったら自害しろ」

 だが、どのような想像外の状況になろうと、決断をくださなければいけない。
 最初に想定していたのとは激変していたが、大切にすべきことは変わらない。
 主家、薩摩藩に繋がる証拠を残すわけにはいかない。
 正体を知られる事はないだろうが、できるだけ遺体を回収して逃げる。
 遺体を回収できなくても、生きたまま捕まらないようにする。
 拷問で自白させられないように、捕まるくらいなら自害する。

「どうだ、依頼書と告発文は見つかったか」

 頭格が池原屋敷に残って依頼書と告発文を探していた者に訊ねる。

「いえ、残念ながら告発文が一冊だけです。
 残る九冊の告発文と依頼書も、こんな短い時間では探し当てられません」

 配下の一人が無理な作戦を非難するように返事をした。
 最初からずっと慎重論を唱えていた男だ。
 強硬策の指揮を命じられた頭分も同じ慎重論だったから油断して口にしたのだ。

「もうそれ以上言うな。
 ご当主様に告げ口されたら己だけではすまないぞ。
 家族にまで類が及ぶ。
 生き残れた幸運に感謝して、失敗の責任を追及されない事を一番に考えろ」

 頭分の言葉に文句を口にしていた男が押し黙った。
 確かに頭分の言う通りだった。
 身勝手で自分に甘く他人に厳しい島津重豪なら、自分の作戦が無理無体だとは絶対に認めず、現場の忍者の行動が悪かったせいで失敗したと決めつける。
 そう考えた薩摩忍軍たちは、どう言い訳するかに集中していた。

 だからなのだろう。
 自分たちが殺意の籠った眼で睨まれ、尾行されている事に気がつかなかった。
 仲間を無残に殺された盗賊団の仲間が、復讐すべき本当の敵が誰なのかを知るために、血がにじむほど唇をかみしめながら、尾行している事に気がつかないでいた。
 薩摩忍軍が社中ごとに事前に決められていた集合場所に逃げて行った。

 まあ、盗賊団の尾行が無事に成功したのは、盗賊団でも最優秀の尾行役が投入されているからでもある。
 最初から何があっても本当の敵を突き止める役割を与えられていた者たち。
 仲間を見殺しにすることになるとは思ってもいなかったが、血の涙を流す思いで仲間を助ける事無く尾行に徹する者たち。
 だからこそ、絶対に失敗するわけにはいかない尾行だったのだ。 
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