仇討浪人と座頭梅一

克全

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第三章

第六十六話:覚悟

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 火事を知らせる半鐘は盗賊団の仲間が連打してくれたものだった。
 少しでも仲間の役に立ちたくて行った計画外の行動だった。
 だがこれが劇的な変化をもたらした。
 火事は大名も町民も関係なく全てを奪う大災害だ。
 家屋敷を含めた全財産だけでなく、時に命まで奪っている。
 門番はもちろん不寝番も火事がどこで起きているのか通りに出て確かめる。

 それは松平周防守の上屋敷でも同じだった。
 盗賊からの助けを求める声は無視できても、火事を知らせる半鐘は無視できない。
 門番が潜り戸を開けて外に出てきた時が、最後に残った剣客盗賊が覚悟を決めた時と同じだったのだ。
 剣客盗賊は池原雲伯にも門番にも有無を言わさず、池原雲伯を松平周防守の上屋敷の押し込んで叫んだ。

「松平周防守様の御家中、幕府の御典医、池原雲伯様を預けましたぞ。
 幕府御典医、池原雲伯様は松平周防守様に匿われた。
 今後池原雲伯様を襲う者は、松平周防守様に戦を仕掛けたも同然ぞ。
 相手を間違ったとは言わせん。
 幕府御典医池原雲伯様の命を狙うのは、御公儀に弓引くことぞ」

 最後に残った剣客盗賊の言葉はとても大きかった。
 少なくとも松平周防守の家臣には聞き捨てならない言葉だった。
 襲われている幕府の御典医を見殺しにすれば、幕府への忠誠を疑われる。
 藩邸内で幕府の御典医を狼藉者に殺されてしまったら、武門としては言い訳できない大失態となり、お家取り潰しは間違いなかった。

 松平周防守の不審番が一斉に通りに出て盗賊団に斬りかかって行った。
 中には臆病風に吹かれて隠れる者もいたが、半数以上の不審番が命懸けで戦った。
 深く眠っていた者たちも、寝間着のまま刀だけ掴んで長屋から飛び出した。
 武士、侍としての意地と矜持を持つ者は主家を守るために駆けだした。
 通りに多くの松平周防守家家臣が溢れた。
 だが、それでも、日頃から激しい鍛錬を積み重ねる薩摩忍軍の有利は動かない。

 松平周防守の家臣が次々と斬り殺されていく。
 示現流の初太刀を上手く避けることは、初見の人間にはとても難しい。
 普通の道場剣術では、敵の初太刀は受けるか受け流すことがほとんどだ。
 だが示現流の初太刀は、受ければほぼ間違いなく頭を斬り割られてしまう。
 通りには松平周防守家の家臣が死屍累々と斃れていた。

 だが、ここで、侍の意地と矜持を持つ者が次々と現れた。
 近隣の大名屋敷や旗本屋敷から、腕自慢の侍が押っ取り刀で駆けつけた。
 西本願寺門跡方面から二ノ橋を渡って続々と助太刀が現れた。
 松平周防守屋敷に並んで建っていた、小身旗本屋敷七軒から、横槍を入れる形で当主や陪臣が捨て身の斬り込みを敢行した。
 更に松平和泉守家の家臣が主家の浮沈をかけて采女ヶ原馬場方面から斬り込んだ。
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