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第三章
第六十四話:辻番所
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盗賊団の誤算は敵があまりにも強かった事だ。
百戦錬磨だからこそ、殺し合いが一撃で終わるとは思っていなかった。
盗賊団の掟が厳しい分、盗賊団に入ってからの殺傷経験は少ない。
幼い頃からの悪童や道を踏み外した侍が、盗賊団入りする前に喧嘩や人殺しをやった経験があるだけだ。
そんな時期の殺し合いは、それはそれは凄惨な長い斬り合いになる。
ところが今回の敵は一撃必殺を信条とする示現流の使い手たちだ。
しかも敵は藩主から皆殺しを厳命されていた。
想像よりも遥かに短い時間に屋敷を守る者たちが皆殺しにされた。
池原雲伯を連れた盗賊たちは遠くに逃げることができず、松平周防守の屋敷に助けを求める以外に道がなかった。
だが深夜に不意に助けを求められても、直ぐに答えてくれる門番などいない。
「盗賊に襲われている。
門前で俺たちが斬り殺されたら、藩の面目は丸潰れだぞ。
武門の体面が地に落ちるぞ。
さっさと門を開けて俺たちを中に入れろ。
せめて御典医の池原雲伯殿を屋敷に入れろ。
そうでなければ御上から叱責を受けるぞ」
盗賊団から派遣された用心棒の代表を務める梶清三郎が、松平周防守家の矜持を刺激する厳しい言葉を口にした。
何としてでも池原雲伯だけでも助けなければいけないと決意していた。
自分たちの考えが甘かったとに、梶清三郎は臍を嚙む思いだった。
敵がここまで思い切った手段をとってくるとは思ってもいなかったのだ。
梶清三郎が全滅を覚悟した時、以外な助っ人が現れた。
「カン、カン、カン、カン」
火事を知らせる半鐘が激しく打ち鳴らされたのだ。
江戸時代の火事は、時に江戸中を焼失させるほどの災害となる。
徳川幕府の威厳の象徴であるべき、江戸城天守閣すら焼いてしまう大災害だ。
武家や町民の区別なく、近所で助け合って消火に勤めなければいけない。
巻き添えの恐れのある辻斬りや強盗は見て見ぬ振りができても、火事だけは絶対に見て見ぬ振りができないのだ。
まず最初に薩摩忍者に斬りかかってくれたのは辻番所の番人だった。
酒井右京亮屋敷前にある辻番所の番人が、薩摩忍者を火付け強盗と判断したのだ。
もし火付け強盗を見つけたのに捕らえようとせず、その後大火が起きてしまったとしたら、辻番所の番人が処分されるだけではすまない。
火付け盗賊を恐れて隠れていたとなれば、主家が士道不覚悟を厳しく追及される。
最悪主家がおとり潰しになる可能性すらあるのだ。
「ぎゃあああああ」
だが、今の侍に薩摩藩士と渡り合える凄腕はほとんどいない。
本来なら腕自慢の剣客が辻番所の番人に選ばれるはずが、今では要領の悪い微禄藩士が押し付けられる、貧乏籤の役目になっていた。
そんな藩士が命懸けで正体不明の敵に向かって行ったのが梶には意外だった。
だが微禄だからこそ、もう後のない立場の者ばかりだったのだろう。
次に薩摩忍者に向かって行ったのは、采女の馬場に隣接する辻番所の番人だった。
そこは近隣の大名家と旗本が石高に応じて番人の費用を負担する辻番所だった。
幸いと言っていいのかは別にして、組合辻番所なのに町人に請け負わせるのではなく、大給松平家の松平和泉守が近隣の大名家や旗本家から負担金を受けとり、自家の藩士や中間を番人としていた。
だからこそ、何かあった場合は松平和泉守が全責任を負わされる。
少しでも藩財政を切り詰めよう、勝手向きをよくしようとした方策だったが、今は命懸けで正体不明の敵と戦わなければ、藩の浮沈に直結してしまう状況となった。
だからこそ、半鐘の音を聞いて藩士が急ぎ火事支度を整えていた。
五月雨式ではあったが、藩士が次々と薩摩忍軍に斬り込んだ。
百戦錬磨だからこそ、殺し合いが一撃で終わるとは思っていなかった。
盗賊団の掟が厳しい分、盗賊団に入ってからの殺傷経験は少ない。
幼い頃からの悪童や道を踏み外した侍が、盗賊団入りする前に喧嘩や人殺しをやった経験があるだけだ。
そんな時期の殺し合いは、それはそれは凄惨な長い斬り合いになる。
ところが今回の敵は一撃必殺を信条とする示現流の使い手たちだ。
しかも敵は藩主から皆殺しを厳命されていた。
想像よりも遥かに短い時間に屋敷を守る者たちが皆殺しにされた。
池原雲伯を連れた盗賊たちは遠くに逃げることができず、松平周防守の屋敷に助けを求める以外に道がなかった。
だが深夜に不意に助けを求められても、直ぐに答えてくれる門番などいない。
「盗賊に襲われている。
門前で俺たちが斬り殺されたら、藩の面目は丸潰れだぞ。
武門の体面が地に落ちるぞ。
さっさと門を開けて俺たちを中に入れろ。
せめて御典医の池原雲伯殿を屋敷に入れろ。
そうでなければ御上から叱責を受けるぞ」
盗賊団から派遣された用心棒の代表を務める梶清三郎が、松平周防守家の矜持を刺激する厳しい言葉を口にした。
何としてでも池原雲伯だけでも助けなければいけないと決意していた。
自分たちの考えが甘かったとに、梶清三郎は臍を嚙む思いだった。
敵がここまで思い切った手段をとってくるとは思ってもいなかったのだ。
梶清三郎が全滅を覚悟した時、以外な助っ人が現れた。
「カン、カン、カン、カン」
火事を知らせる半鐘が激しく打ち鳴らされたのだ。
江戸時代の火事は、時に江戸中を焼失させるほどの災害となる。
徳川幕府の威厳の象徴であるべき、江戸城天守閣すら焼いてしまう大災害だ。
武家や町民の区別なく、近所で助け合って消火に勤めなければいけない。
巻き添えの恐れのある辻斬りや強盗は見て見ぬ振りができても、火事だけは絶対に見て見ぬ振りができないのだ。
まず最初に薩摩忍者に斬りかかってくれたのは辻番所の番人だった。
酒井右京亮屋敷前にある辻番所の番人が、薩摩忍者を火付け強盗と判断したのだ。
もし火付け強盗を見つけたのに捕らえようとせず、その後大火が起きてしまったとしたら、辻番所の番人が処分されるだけではすまない。
火付け盗賊を恐れて隠れていたとなれば、主家が士道不覚悟を厳しく追及される。
最悪主家がおとり潰しになる可能性すらあるのだ。
「ぎゃあああああ」
だが、今の侍に薩摩藩士と渡り合える凄腕はほとんどいない。
本来なら腕自慢の剣客が辻番所の番人に選ばれるはずが、今では要領の悪い微禄藩士が押し付けられる、貧乏籤の役目になっていた。
そんな藩士が命懸けで正体不明の敵に向かって行ったのが梶には意外だった。
だが微禄だからこそ、もう後のない立場の者ばかりだったのだろう。
次に薩摩忍者に向かって行ったのは、采女の馬場に隣接する辻番所の番人だった。
そこは近隣の大名家と旗本が石高に応じて番人の費用を負担する辻番所だった。
幸いと言っていいのかは別にして、組合辻番所なのに町人に請け負わせるのではなく、大給松平家の松平和泉守が近隣の大名家や旗本家から負担金を受けとり、自家の藩士や中間を番人としていた。
だからこそ、何かあった場合は松平和泉守が全責任を負わされる。
少しでも藩財政を切り詰めよう、勝手向きをよくしようとした方策だったが、今は命懸けで正体不明の敵と戦わなければ、藩の浮沈に直結してしまう状況となった。
だからこそ、半鐘の音を聞いて藩士が急ぎ火事支度を整えていた。
五月雨式ではあったが、藩士が次々と薩摩忍軍に斬り込んだ。
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