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第三章
第五十七話:写し
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池原雲伯は水谷勝富から手に入れた殺害依頼書を確かめるほど愚かではなかった。
博打と女に狂って道を踏み外したとはいえ、まがりなりにも御典医に推挙されるくらいの能力はあるのだ。
自分が正体不明の敵と一橋家に狙われている事は知っていた。
だから依頼書以外にも身の安全を図るための告発状を残すことにした。
しかも一つだけでなく複数残すことにした。
水谷勝富から手に入れた依頼書と同じ文面の書状を書き、自分の印章を押した。
それだけでなく、水谷勝富との交渉を思い出せる限り詳しく書いた。
同時に徳川家基を殺した時の詳しい状況と方法を書いた。
次に今自分が正体不明の敵と一橋公に命を狙われている事も書いた。
最後に徳川家基弑逆を心から悔いているという嘘も書いた。
そんな書状を五組も書いて方々隠して、一橋家に対する牽制にしようとした。
「腕利きの用心棒を十人も雇いたいですって。
それはいくらなんでも直ぐに集められませんよ。
誰でもいいと言われるのなら、数をそろえることはできます。
ですが池原様に満足していただけるほどの腕利きとなると、そう簡単には集められませんよ」
「そんな事は分かっている。
敵の襲撃を受けたら逃げだすような者を用心棒に雇っても意味などない。
わたしの為に身体を張ってくれるなら浪士には限らん。
渡り中間でも博徒でも構わない。
信用できる者を紹介してくれ」
「分かりました、そこまで言われるのなら何とかしましょう。
昨今は本当に信用できる浪士のかたは限られています。
それよりも博徒や火消人足の方がよほど度胸があります。
香具師の親分と火消しの頭に声をかけてみましょう。
ただし彼らは、香具師の縄張り争いが起こった時や火事が起きた時は、そちらを優先しますから、それだけは納得してください」
「分かった、それで構わん。
それで、浪士の用心棒ではない彼らの報酬はどれくらいになるのだ」
「そうですね、衣食住付きの年季奉公なら、四両三分、いえ、四両二分と言ったところでしょうか」
「なんだと、それでは三一武士以上ではないか。
それくらいなら正式に武士を雇った方が安くつくではないか」
「池原様は命を張ってくれる用心棒をお望みなのでしょう。
最低限の給金で雇った武士など、危険な状況になれば逃げだしてしまいますよ。
それでもいいのなら、三両一分の年季奉公でいくらでもお武家様をご紹介させていただきますよ」
「……分かった、確かにその通りだった。
医師の弟子になりたいというような侍など腰抜けばかりだ。
実際の戦いになったら何の役にも立たんな。
分かった、衣食住付きの年四両二分でも、最初に考えていたよりはずっと安い。
では十人とは言わず二十人でも三十人でも集めてくれ」
「本当に大丈夫なんですか、池原様。
いくら池原様が御典医でも、そんなに雇うと費えが大変ですよ」
「構わない、金で命が買えるなら安いものだ」
博打と女に狂って道を踏み外したとはいえ、まがりなりにも御典医に推挙されるくらいの能力はあるのだ。
自分が正体不明の敵と一橋家に狙われている事は知っていた。
だから依頼書以外にも身の安全を図るための告発状を残すことにした。
しかも一つだけでなく複数残すことにした。
水谷勝富から手に入れた依頼書と同じ文面の書状を書き、自分の印章を押した。
それだけでなく、水谷勝富との交渉を思い出せる限り詳しく書いた。
同時に徳川家基を殺した時の詳しい状況と方法を書いた。
次に今自分が正体不明の敵と一橋公に命を狙われている事も書いた。
最後に徳川家基弑逆を心から悔いているという嘘も書いた。
そんな書状を五組も書いて方々隠して、一橋家に対する牽制にしようとした。
「腕利きの用心棒を十人も雇いたいですって。
それはいくらなんでも直ぐに集められませんよ。
誰でもいいと言われるのなら、数をそろえることはできます。
ですが池原様に満足していただけるほどの腕利きとなると、そう簡単には集められませんよ」
「そんな事は分かっている。
敵の襲撃を受けたら逃げだすような者を用心棒に雇っても意味などない。
わたしの為に身体を張ってくれるなら浪士には限らん。
渡り中間でも博徒でも構わない。
信用できる者を紹介してくれ」
「分かりました、そこまで言われるのなら何とかしましょう。
昨今は本当に信用できる浪士のかたは限られています。
それよりも博徒や火消人足の方がよほど度胸があります。
香具師の親分と火消しの頭に声をかけてみましょう。
ただし彼らは、香具師の縄張り争いが起こった時や火事が起きた時は、そちらを優先しますから、それだけは納得してください」
「分かった、それで構わん。
それで、浪士の用心棒ではない彼らの報酬はどれくらいになるのだ」
「そうですね、衣食住付きの年季奉公なら、四両三分、いえ、四両二分と言ったところでしょうか」
「なんだと、それでは三一武士以上ではないか。
それくらいなら正式に武士を雇った方が安くつくではないか」
「池原様は命を張ってくれる用心棒をお望みなのでしょう。
最低限の給金で雇った武士など、危険な状況になれば逃げだしてしまいますよ。
それでもいいのなら、三両一分の年季奉公でいくらでもお武家様をご紹介させていただきますよ」
「……分かった、確かにその通りだった。
医師の弟子になりたいというような侍など腰抜けばかりだ。
実際の戦いになったら何の役にも立たんな。
分かった、衣食住付きの年四両二分でも、最初に考えていたよりはずっと安い。
では十人とは言わず二十人でも三十人でも集めてくれ」
「本当に大丈夫なんですか、池原様。
いくら池原様が御典医でも、そんなに雇うと費えが大変ですよ」
「構わない、金で命が買えるなら安いものだ」
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