仇討浪人と座頭梅一

克全

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第三章

第五十四話:窮鼠

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 池原雲伯は自分の屋敷に戻って震えていた。
 自分の失態で徳川家基殺しが露見しそうなのだ。
 高貴な娘を嬲り者にしたい一心で、一橋家の重臣相手に強気の交渉をしていたが、自分も大逆としか言えない徳川家基殺しの一味なのだ。
 それどころか直接徳川家基に毒を盛った張本人なのだ。
 どこにも訴え出れない身なのは自分自身でよく分かっていた。

 それでも、自分は罠に嵌められたのだと池原雲伯は思っていた。
 賭場に誘い込まれ、御家人娘を嬲り者にする快楽を教え込まれた。
 賭場の借金が抜き差しならない額になった時、博徒に屋敷を提供していた一橋家の家老、水谷勝富から徳川家基殺しを強要されたのだった。
 そう、池原雲伯からみれば強要されてしかたなくやった事だ。
 
 池原雲伯も追い込まれていたとはいえ、大逆を犯す以上身の安全は計っていた。
 一橋公直々の書きつけはどれほど交渉しても手に入れる事はできなかったが、水谷勝富からは徳川家基殺しの依頼書を手に入れていた。
 それが手元にある限り、一橋公といえどもそう簡単に自分を殺すことはできない。
 池原雲伯は今日までそう思い込んでいた。
 交渉相手が水谷勝富だった時は、比較的有利に交渉することができていた。

 だが、水谷勝富が切腹させられ、新たな窓口となった立石新次郎典辰との駆け引きは、常に池原雲伯の方が不利だった。
 その不平不満が今日爆発してしまったのだが、それが墓穴を掘ることにになった。
 盗賊につけられ、責任を取ってもらうと言った時の立石新次郎の池原雲伯を見る目は、まるで虫けらを見るようだった。
 このままでは口封じされると池原雲伯は考えた。

「誰かある、直ぐに籠の用意をしろ。
 口入屋に行く、直ぐだ、直ぐに用意しろ」

 池原雲伯は内心の恐怖と怒りを、逆らえない弟子や使用人にぶつけた。
 些細な事で怒り殴る蹴るの乱暴をおこなった。
 そうすることで少しでも恐怖と怒りを発散させようとした。
 同時に金の算段を考えていた。
 一橋家からの刺客を避けるには、腕の立つ用心棒が絶対に必要になる。
 だが、そのためにはそれなりの金が必要だった。

 徳川家基殺しの報酬は、莫大な賭場の借金を棒引きする事と、御家人娘を提供させる事だったので、実質的には金をもらっていない。
 一日で二両も三両も必要な凄腕の用心棒を雇う金などなかった。
 普段の池原雲伯なら、賭場で勝って用心棒代を手に入れようとしただろう。
 だが今はほとんどの賭場が、摘発されるか息をひそめて隠れている。
 賭場に行きたくても開帳している賭場がないのだ。

「ふむ、だったらいっそわたくしが胴元になって寺銭を稼ぐか。
 それなら大金を使って用心棒を雇っても一石二鳥になる。
 水谷屋敷に出入りしていた大身旗本や御大尽は顔見知りだ。
 信用できる人間だけを相手にすればお上に見つかる事もない。
 御家人娘の中には氏素性の分かっている奴もいる」

 池原雲伯は駕籠の中で独り言を口にしながら厭らしい笑みを浮かべていた。
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