43 / 88
第二章
第四十三話:引き込み役
しおりを挟む
熊の旦那こと大道寺長十郎は、梅一に会うために正宝寺の賭場に来ていた。
浪人者の姿となり、編笠は外していたが、内部に鎖帷子を縫い込んだ頭巾を被って眼だけが出るようにしていた。
最初はいかさまを博打に加わる気などなかったのだが、全く参加しないのも疑われるので、負けるのを承知で参加することにした。
だが長十郎が負ける事はなかった。
明らかに狙われていると分かる御家人がいたからだ。
その御家人と反対の目に賭ければ、ほぼ間違いなく勝てるのだ。
御家人を熱中させるために、時には御家人に勝たせるのだが、そんな時には壺振りの気配が変わるので、長十郎には簡単に見分けがついた。
長十郎がほぼ負ける事無く五十両ほど稼いだ時に、梅一が現れた。
直ぐに話をするのも疑われるし、一緒に賭場を出るのも疑われる。
だから長十郎はほんの少し梅一に視線を送った。
梅一が誰にも分からないようなわずかな動きをする。
それから五度の勝負をして、長十郎は賭場を出て行った。
「お待たせいたしやした」
半刻ほど過ぎて、梅一が浅草寺の境内にやってきた。
この界隈で一番賑わっていて、目立たない所といえば浅草寺だった。
盗みの技術を反復するために飛び跳ねるのも、刀を抜いて型の鍛錬を繰り返すにしても、浅草寺の広い境内はうってつけだった。
そして何より、何かあった時に落ちあう約束をしていた場所でもあった。
「いや、それほど待ってはいないぞ」
「で、何か大事なお話でもあるのですか」
「先日分けてもらった金なのだが、屋敷に置いておくのも不安でな。
どこか安全に保管できる場所はないか」
「金蔵でも建てられてはいかがですか。
あれほどの金があれば、少々の普請をしても大金が残るでしょう」
「そんな事をすれば家人に不審がられてしまう。
それに、お前のような者が相手だと、どれほどの蔵を建てても意味はあるまい」
「そうでもありませんよ、内蔵を建て増しして、腕自慢の侍を何人か召し抱えて、四人一組で見回りさせたら、あっしでも盗むのには苦労いたします。
まあ、そんな時には手引きしてくれる者を入り込ませますがね。
旦那が千代田のお城に忍び込まれる時も、手引きしてくれる仲間を御城勤めの中に紛れ込ませるんですよ。
今からその準備をしておいてくださいよ」
梅一が言う役割を引き込みという。
盗みに入る商人の家や武家屋敷に、何年も前から仲間を住みこませるのだ。
住み込む人間は、正体がばれないように常に細心の注意を払わなければならない。
並の人間ではとても務まらないくらいの緊張を強いられる。
気骨が折れる役目なのだ。
「ふむ、紹介状を書いた人間も疑われるだろうから、正直難しいな。
だが今から徐々に準備するしかあるまい。
入り込む人間はお前が手配してくれるのだろうな」
「旦那が紹介状を書いてくださるのなら、とびっきりの人間を紹介します」
浪人者の姿となり、編笠は外していたが、内部に鎖帷子を縫い込んだ頭巾を被って眼だけが出るようにしていた。
最初はいかさまを博打に加わる気などなかったのだが、全く参加しないのも疑われるので、負けるのを承知で参加することにした。
だが長十郎が負ける事はなかった。
明らかに狙われていると分かる御家人がいたからだ。
その御家人と反対の目に賭ければ、ほぼ間違いなく勝てるのだ。
御家人を熱中させるために、時には御家人に勝たせるのだが、そんな時には壺振りの気配が変わるので、長十郎には簡単に見分けがついた。
長十郎がほぼ負ける事無く五十両ほど稼いだ時に、梅一が現れた。
直ぐに話をするのも疑われるし、一緒に賭場を出るのも疑われる。
だから長十郎はほんの少し梅一に視線を送った。
梅一が誰にも分からないようなわずかな動きをする。
それから五度の勝負をして、長十郎は賭場を出て行った。
「お待たせいたしやした」
半刻ほど過ぎて、梅一が浅草寺の境内にやってきた。
この界隈で一番賑わっていて、目立たない所といえば浅草寺だった。
盗みの技術を反復するために飛び跳ねるのも、刀を抜いて型の鍛錬を繰り返すにしても、浅草寺の広い境内はうってつけだった。
そして何より、何かあった時に落ちあう約束をしていた場所でもあった。
「いや、それほど待ってはいないぞ」
「で、何か大事なお話でもあるのですか」
「先日分けてもらった金なのだが、屋敷に置いておくのも不安でな。
どこか安全に保管できる場所はないか」
「金蔵でも建てられてはいかがですか。
あれほどの金があれば、少々の普請をしても大金が残るでしょう」
「そんな事をすれば家人に不審がられてしまう。
それに、お前のような者が相手だと、どれほどの蔵を建てても意味はあるまい」
「そうでもありませんよ、内蔵を建て増しして、腕自慢の侍を何人か召し抱えて、四人一組で見回りさせたら、あっしでも盗むのには苦労いたします。
まあ、そんな時には手引きしてくれる者を入り込ませますがね。
旦那が千代田のお城に忍び込まれる時も、手引きしてくれる仲間を御城勤めの中に紛れ込ませるんですよ。
今からその準備をしておいてくださいよ」
梅一が言う役割を引き込みという。
盗みに入る商人の家や武家屋敷に、何年も前から仲間を住みこませるのだ。
住み込む人間は、正体がばれないように常に細心の注意を払わなければならない。
並の人間ではとても務まらないくらいの緊張を強いられる。
気骨が折れる役目なのだ。
「ふむ、紹介状を書いた人間も疑われるだろうから、正直難しいな。
だが今から徐々に準備するしかあるまい。
入り込む人間はお前が手配してくれるのだろうな」
「旦那が紹介状を書いてくださるのなら、とびっきりの人間を紹介します」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

徳川家基、不本意!
克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる