仇討浪人と座頭梅一

克全

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第二章

第四十二話:嘘も方便

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 大道寺権太郎が驚き警戒するのも当然だった。
 亡き主君、徳川家基の仇を討つためなら田沼意次を斬り殺すと言われたばかりだ。
 五百両もの大金を手に入れるのに、どれほどの悪事を働いたのだろうと驚き心配するのが当然なのだ。

「父上の御心配はもっともでございます。
 確かに多少の悪事はいたしましたが、誰もがやっている事でございます。
 公になっても多少の叱責を受けるだけで済みます」

 長十郎は嘘を口にした。
 父親を騙すのは心が痛いが、だからといって暗殺を引き受けるようになったことや、暗殺のついでに盗みを働いた事を口にするわけにはいかない。
 だから軽い罪で済む内容にして話すことにしたのだ。

「仇の証拠や証人の情報を得るために、賭場通いをしておりました。
 先日処分を受けた水谷屋敷にも出入りしておりました。
 そこで大勝ちすることができたのです」

「剣術一筋だったお前が、そう簡単に勝てるほど博打は簡単なのか。
 そうではあるまい、正直に申せ」

「全て正直に申しております、父上。
 確かに某は剣術一筋の無骨物ではありますが、それが役になったのです。
 剣術を極めていれば、博打場の気配を感じることができます。
 勝負の流れを見極めて、勝つ方に賭けることができるのです」

「そのような事、とても信じられんな。
 百歩譲って剣術の極意が賭場という勝負の場で役に立ちつとしても、そのような勝負勘を簡単に身に付けられるとは思えん」

「確かに父上の申される通りでございます。
 剣術の極意を賭場で生かすには、色々な注意点を知らなければ無理でございます。
 ですが、某にはそれを伝授してくれる者がいたのです」

「それは誰だ、そのような痴れ者を堅物の長十郎が知っているとは思えんぞ」

「父上も御存じの長谷川平蔵殿でございます。
 本所の鐵とまで呼ばれた平蔵殿とは、共に大納言様のお側近くに仕えた朋輩でございますので、忠義を尽くすべき大納言様を亡くした哀しみを忘れるために、賭場で憂さ晴らしをしたいと言って、色々教授してもらったのです」

「はぁああああ、長谷川平蔵殿か。
 確かに長谷川殿ならそれくらいの事は平気でやりそうだな。
 長十郎も長谷川殿の剣術には一目置いていたのだったな」

「はい、あの時、某か長谷川殿が大納言様の側にいれば、むざむざと毒を盛らしたりはしなかったのに、無念でございます」

 確かに徳川家基の死はあまりに突然すぎた。
 前日まで、いや、その日の朝までとても元気だったのだ。
 オランダから献上されたペルシャ馬で遠乗りするくらい元気だったのに、急に腹痛を訴えて激しい上げ下しの後で亡くなられてしまった。
 身近に仕えていた者が毒殺を疑うには十分な、あまりにも突然の死だったのだ。

「そうか、長谷川殿から賭場の奥義を伝えられたのなら勝てるのも不思議ではない。
 だがこれ以上は止めておけ。
 儂は賭場に足を踏み入れた事はないが、小姓組の朋輩たちから聞いた話では、止め時が難しいと聞いている」

「確かに承りました。
 情報を集めるために必要な場合だけ賭場に出入りする事にいたします」
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