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第二章
第三十九話:揺らぎ
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「お帰りなさいませ、殿様。
遅くなると申されておられましたが、予定が変わられたのですか」
長十郎の妻であるのぶが声をかけた。
毎日屋敷を出ては門限ぎりぎりまで御府内を歩き回る夫が、思いがけず早い時間に戻った上に、風呂隙に入れた重そうな荷物を担いているのだから、妻が不審に思うのは当然のことだった。
「名は明かせぬが知人から大切な荷物を預かった。
明日まで守って無事に返してやらねばならぬ。
奥座敷に籠るから、呼ぶまで来ないように」
「承りました」
のぶは夫が主君を亡くして以来ずっと煩悶している事を知っていた。
それは出世街道に乗っているのに、自ら役目を引いた事からも明らかだった。
だが結婚以来惜しみなく愛を注いでくれる夫に不平を言う気など毛頭なかった。
だからずっと夫の好きなようにしてもらっていた。
無役になって役料三百俵を失おうと、家禄五百石はそのままなのだ。
嫡男竜太郎が優秀なら御役をもらえる機会もあるだろうと考えていた。
一方長太郎は妻に気を許していなかった。
下手をすれば家を潰すだけではすまず、親類縁者が連座になるかもしれない仇討ちをしようといているのだ。
妻の実家はもちろん、自分の父親にも相談されるわけにはいかなかった。
だから仇討ちの決意は妻にも気付かれないようにしていた。
「重いわけだ、千両以上あるではないか」
長太郎は梅一から分けられた小判の山を見て呆れかえっていた。
相手がいくら譜代の典医家だとはいっても、二千両も三千両も金があるとは思ってもいなかったのだ。
だが梅一から分けられた小判は一三六七両もあった。
ちょうど半分と言っていたから、元は二七三四両もあったことになる。
梅一は千両箱ごと持っていたから、七〇キロくらい担いでいたことになる。
箱を捨てて半分だけ渡された長太郎でも、三八キロ近く担いてきたことになる。
重かったはずだと長太郎しみじみ思っていた。
同時に梅一の事を更に警戒する気持ちになっていた。
七〇キロの重みを肩に受けているのを、足取りには全く感じさせなかったのだ。
だが直ぐにそんな事は後で考えればいいと長太郎は思い直した。
それよりもまずは大金の隠し場所を考えなければいけなかった。
自分が常に屋敷にいれば何も心配いらないが、長太郎は毎日仇を探して御府内を歩き回るのだ。
盗みに入られる危険が頭に浮かんでしまう。
いままでは盗賊など歯牙にもかけていなかったが、桜小僧こと梅一の事を知った。
梅一のような者に盗みに入られたら、手に入れた金を簡単に盗まれてしまう。
それに今までは敵討ち一筋だった長太郎だが、実際に大金を手にして決意が揺れてしまっていたのだ。
敵討ちする気持ちに変わりはないが、梅一の手際のよさを思い知って、できれば内々で仇を討ちたい気持ちになっていたのだ。
遅くなると申されておられましたが、予定が変わられたのですか」
長十郎の妻であるのぶが声をかけた。
毎日屋敷を出ては門限ぎりぎりまで御府内を歩き回る夫が、思いがけず早い時間に戻った上に、風呂隙に入れた重そうな荷物を担いているのだから、妻が不審に思うのは当然のことだった。
「名は明かせぬが知人から大切な荷物を預かった。
明日まで守って無事に返してやらねばならぬ。
奥座敷に籠るから、呼ぶまで来ないように」
「承りました」
のぶは夫が主君を亡くして以来ずっと煩悶している事を知っていた。
それは出世街道に乗っているのに、自ら役目を引いた事からも明らかだった。
だが結婚以来惜しみなく愛を注いでくれる夫に不平を言う気など毛頭なかった。
だからずっと夫の好きなようにしてもらっていた。
無役になって役料三百俵を失おうと、家禄五百石はそのままなのだ。
嫡男竜太郎が優秀なら御役をもらえる機会もあるだろうと考えていた。
一方長太郎は妻に気を許していなかった。
下手をすれば家を潰すだけではすまず、親類縁者が連座になるかもしれない仇討ちをしようといているのだ。
妻の実家はもちろん、自分の父親にも相談されるわけにはいかなかった。
だから仇討ちの決意は妻にも気付かれないようにしていた。
「重いわけだ、千両以上あるではないか」
長太郎は梅一から分けられた小判の山を見て呆れかえっていた。
相手がいくら譜代の典医家だとはいっても、二千両も三千両も金があるとは思ってもいなかったのだ。
だが梅一から分けられた小判は一三六七両もあった。
ちょうど半分と言っていたから、元は二七三四両もあったことになる。
梅一は千両箱ごと持っていたから、七〇キロくらい担いでいたことになる。
箱を捨てて半分だけ渡された長太郎でも、三八キロ近く担いてきたことになる。
重かったはずだと長太郎しみじみ思っていた。
同時に梅一の事を更に警戒する気持ちになっていた。
七〇キロの重みを肩に受けているのを、足取りには全く感じさせなかったのだ。
だが直ぐにそんな事は後で考えればいいと長太郎は思い直した。
それよりもまずは大金の隠し場所を考えなければいけなかった。
自分が常に屋敷にいれば何も心配いらないが、長太郎は毎日仇を探して御府内を歩き回るのだ。
盗みに入られる危険が頭に浮かんでしまう。
いままでは盗賊など歯牙にもかけていなかったが、桜小僧こと梅一の事を知った。
梅一のような者に盗みに入られたら、手に入れた金を簡単に盗まれてしまう。
それに今までは敵討ち一筋だった長太郎だが、実際に大金を手にして決意が揺れてしまっていたのだ。
敵討ちする気持ちに変わりはないが、梅一の手際のよさを思い知って、できれば内々で仇を討ちたい気持ちになっていたのだ。
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