仇討浪人と座頭梅一

克全

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第二章

第三十六話:それぞれの思惑

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 煮売り居酒屋の小女を助けた翌日、明六つには全てが始まっていた。
 梅一の指図を受け入れた熊の旦那は、辻番所の警戒が緩む時間、千代田のお城に人々が登城する時間に合わせて屋敷を出た。
 江戸城で働く者達には早番、遅番、朝番、昼番、夜番などがあり、それに紛れることができれば、武家地なら疑われることなく移動することができる。
 そして町地の大木戸が開かれる時間に合わせて移動し、不審がられないように気をつけて、ごろつき浪人が根城にしている吉田頓安という御典医の屋敷前に来た。

「旦那、あっしについてきてください」

 熊の旦那の背後、少し離れた所から梅一が声をかけた。
 近づきすぎて抜き打ちに斬られることを警戒したのだろう。
 熊の旦那はわずかにかぶっていた編笠を動かして返事に変えた。
 担ぎ呉服に変装した梅一が足早に歩き、その後を熊の旦那がついていく。
 ぐるりと歩いて、横川丁の裏長屋に続く入り口を抜けていく。
 横川丁の裏長屋と吉田頓安屋敷の裏が塀でつながっているのだ。

 梅一は裏から表貸家の商人に呉服を売りに来たように見せかけて、平然と横川丁の裏に入っていく。
 既に何度も忍び込んだ事のある、勝手知ったる吉田頓安屋敷だ。
 横川丁の住人の目がない時を狙い、軽々と塀の飛び登る。
 飛び登る前には塀の向こうに人がいないか気配で確認している。
 熊の旦那も大体の事は想像できるので、塀の向こうの気配は探っていた。

 案の定、塀の向こうには誰もいなかった。
 世襲でろくに医学の事を学んでいない吉田頓安は、扶持をもらうだけで何もしていないどころか、ごろつき浪人たちを家臣長屋に住ませて余禄を得ていたのだ。
 だから夜遅くまで酒を飲み、日が高くなるまでごろごろしている。
 特に昨日はごろつき浪人たちが熊の旦那に叩きのめされたので、憂さ晴らしのために深酒しており、未だに高鼾をかいていた。

「旦那はごろつき浪人たちを皆殺しにしてください。
 あっしは金蔵からお宝をせしめてきます」

 熊の旦那はまたしてもわずかに編笠を動かして返事に変えた。
 梅一が盗賊だと知った熊の旦那には、殺しの間に盗みを働く事に躊躇はない。
 だがとうの梅一には、盗みの掟に抵触する事なので、本来は禁忌なのだ。
 だが養父や小頭の思惑が分かっている梅一は、あえて殺しと盗みを同時に行い、跡目相続から外れようとした。

 一方の熊の旦那は、殺しの間に盗賊の技を教えてもらえるのなら、むしろ大歓迎だったので、何の疑問もなかった。
 錠前を破る技や金を盗みだす技になど興味はなかった。
 千代田にお城にすら忍び込める侵入の技が知りたいだけだった。
 だからどこからどのようにして屋敷に侵入するのかさえ知られればよかった。

 今回学べたのは敵の弱点を突く事だった。
 通りに面した正面や、武家屋敷と塀を共有している側面ではなく、裏長屋と塀を接している裏から侵入した。
 熊の旦那が千代田の御城で例えるのは難しいが、梅一ならば千代田のお城の弱点も探り出すだろうと熊の旦那は考えていた。
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