仇討浪人と座頭梅一

克全

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第二章

第三十五話:鰻の蒲焼き

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 煮売り居酒屋の中に、醤油の焦げる香ばしい匂いが立ち込めている。
 普段は煮物を作ったり魚を焼いたりする七輪で、背から割いた鰻が焼かれている。
 気絶から立ち直った煮売り居酒屋の親父さんが、せめてものお礼に店の料理を食べて行ってくれというので、梅一と熊の旦那は食べて行くことにした。

 親父さんが焼いては醤油をつけるので、じゅうじゅうという音がする。
 普段の煮売り居酒屋では鰻など使わないのだが、ごろつき浪人たちがどこかの魚屋から脅し取ったのか、鰻を持ち込んで焼けと脅したのだ。
 最初は作り置きの煮魚や煮物を肴に酒を飲んでいたごろつき浪人たちだが、少しずつ大人になっていく小女に劣情をもよおしたのが、今回の事件の始まりだった。

「そよ、酒を買ってきてくれ」

 親父さんは恩人に美味しい酒をふるまいたかった。
 普段使っている安い地廻り悪酒を恩人に飲ませたくなかった。
 高くても摂泉十二郷の下り酒をふるまいたかった。
 手に入るのなら将軍の御膳酒に選ばれている剣菱をふるまいたかった。
 だから小女に買いに行かそうとしたのだが。

「そんな事はしなくていいよ、親父さん。
 あんな事があった直後なんだ、酒を買いに店を出るのも怖いだろう。
 店にある酒で十分だよ」

 梅一が小女の気持ちを考えて断る。

「そうだぞ、店主。
 それに某は剣客の端くれだから、酒を飲んですきを作るのは嫌なのだ。
 できれば茶を出してくれる方がありがたい」

 熊の旦那は剣客らしい言葉で断る。

「そうですかい、だったらいつもの安酒と番茶をださせてもらいます。
 そよ、お茶を入れてくれ。
 俺は酒をつける」

「……はい、旦那さん」

 小女が熊の旦那にお茶を入れようとするが、先ほどごろつき浪人たちに襲われた影響か、同じ浪人の熊の旦那が怖いようだった。
 熊の旦那は殺気を完全に消しているのだが、それでも怖さを克服できない。
 このままでは小女が男性恐怖症、男嫌いになってしまう。
 江戸時代に男性恐怖症の女が生きていくのはとても難しい。

「某が怖いか。
 あんな事があったのだから当然だ。
 だから何も気にする必要はない。
 伝手を頼って大奥に入る事もできるし、台所役の下で働く事もできる。
 某は浪人だが、剣友の中には幕臣もいる。
 どうしても男が怖い事が克服できないのなら、いつでもこの男に話すがいい」

 熊の旦那は優しく頼れると同時に冷酷でもあった。
 幕臣である自分の名前や屋敷の場所は明らかにせず、梅一に伝言しろという。
 不幸に襲われた小女を助ける優しさはあっても、それ以上に優先すべき事がある。
 
「旦那たち、鰻が焼き上がりました。
 あんな連中が持ち込んだ物だが、鰻には何の罪もない。
 しっかり食べて供養してやってください」

 お櫃の中で少し冷めた白飯が丼に盛られ、そこに焼き立ての鰻の蒲焼きが湯気を立てて乗っていた。
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