仇討浪人と座頭梅一

克全

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第二章

第三十四話:殺気

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 熊の旦那は全開の殺気を放っていた。
 暗殺をするのなら殺気を隠す必要がある。
 だが一度に多くの敵を相手にする場合は、敵を居竦ませるために、あえて殺気を周囲に放つ場合もあるのだが、今回が丁度そう言う場面だった。

 熊の旦那の阿修羅のような剣技なら、この場でごろつき浪人たちを皆殺しにする事など簡単な事なのだが、それでは町奉行所に素性を調べられてしまう。
 手配書が出回ってしまうと、今後お気に入りの戦装束で御府内を出歩けなくなる。
 それを避けたい熊の旦那は、この場は殺気だけでごろつき浪人たちを追い払うつもりだったのだが、その思惑通りに話が進んだ。

「ひっぇえ、ひっ、ひっ、ひっ、引け、引くんだ」

 ごろつき浪人たちの中でも頭格の浪人が、恐怖のあまり上手く呂律が回らず、更に言葉を詰まらせながら、全員に逃げるように指示したのだった。
 だがそれでもましな方で、ほかのごろつき浪人たちは、殺気に当てられて腰を抜かしてしまい、満足に身動きする事もできない状態だった。

「おい、こら、この腰抜けを連れて行け。
 それとも町奉行所に連れて行って、今までやってきた悪行を洗いざらい調べられてもいいのか、腰抜けども」

 熊の旦那の言葉を受けて、ごろつき浪人のうち二人が戻ってきた。
 二人の浪人がそれぞれ肩を貸し、ほとんど担ぐようにして連れて行った。

「もう二度と来るなよ、腰抜け浪人」
「もうお前達なんて怖くないぞ」
「世の中には本当に強いご浪人様もいるんだぞ」
「今度来たら俺達が証人になって斬っていただくからな」

 ずっとごろつき浪人たちに苦しめられていた、本所小梅代地丁の商人たちが、よろこびの余りはやし立てていた。

「親父さん、しっかりするんだ親父さん」

 中年の店主と小女の二人だけで商いをしていた、小さな煮売り居酒屋だった。
 店主は小女を可愛がっていたのか、命懸けで助けようとしたのだろう。
 散々殴られて鼻血が止まらない状態で気を失っていたのだろう。
 土間一面に流れていた血は鼻血だった。
 だがそのお陰で窒息せずに命が助かったのだから、不幸中の幸いともいえる。

「ご浪人の旦那、町内の用心棒になっていただけませんかねぇ」

 町内の地主なのか大家の一人なのかは分からないが、今まで何もしてこなかったくせに、ごろつき浪人たちがいなくなったとたん、前に出てきた町人がいた。
 だが熊の旦那はそんな人間が心底嫌いなのだ。
 ごろつき浪人たちに放ったのと同じ殺気を媚び諂う町人に放った。

「ひっいいいい、お、お、お、お」

 お許しをという言葉も口にできないくらい怯えた男は、通りに小便を垂らしながら、這いずって自分の家の方に逃げて行った。

「大変だったね、お嬢ちゃん。
 もう何も心配はいらないからね」

「うっぇえええええん」

 恐怖と状況の激変に泣く事も喜ぶ事もできないでいた小女に、熊の旦那が優しく声をかけたとたん、小女が堰を切ったように泣き出した。
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