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第一章
第二十一話:八丁堀のねぐら
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水谷勝富が切腹させられて十日が経っていた。
もう御用改めは行わなくなっている。
それどころか、長谷部検校の一件が調べられ、南町奉行の牧野大隅守成賢が更迭されることになった。
もう水谷屋敷から盗んだ二万千両を移動させてもいいのだが、慎重な梅一の養父は危険を冒すような事はしない。
代々大盗賊として捕まることなく生き延びてきた彼には、莫大な蓄えがあったので、梅一に渡す二万千両を肩代わりするくらい簡単だった。
養父が心配していたのは、配下の質が昨今低下している事だった。
厳しい掟がある養父の盗賊団に入る事を嫌う人間が増えている。
隙あらば女を犯し、盗み先の家人を殺傷する楽な盗みをしようとする。
養父や古参幹部の目があるから大人しくしているが、目を離すとどのような悪行をしでかすか分からない配下が増えて来ていたのだ。
そんな連中に、梅一の隠れ家や盗人宿を知られるわけにはいかなかった。
そこで養父は、麴町永田町外神田の亀有丁代地にある盗人宿からではなく、自分の盗人宿にある二万千両を梅一の隠れ家に送ることにしたのだ。
しかも差配するのも運ぶのも、養父も梅一も心から信じられる小頭と古参幹部だ。
「小頭も兄貴達もすみません、こんな手間かけさせてしまって」
梅一は兄貴分達に余計な仕事をさせた事を心から詫びていた。
養父の盗人宿の一つに地廻米穀問屋があった。
地廻米穀問屋ならば、関東地方や陸奥国の九カ国に自由に行くことができる。
江戸では登録制になっている大八車も、比較的簡単に所有することができる。
だからこそ今回も、米俵の中に千両箱を入れ、大八車に乗せて運べたのだ。
「なあに、久しぶりに梅一と話しができるんだ。
少々のことは面倒とは思わんよ。
梅一がひとり働きをするようになった気持ちも、俺達には分かっている」
「すみません、小頭、兄貴達」
本当ならゆっくりと酒でも酌み交わしたいところなのだが、養父も兄貴分達も若衆が悪心を起こさないようにするために、密かに梅一の隠れ家に金を運び込んだのだ。
助働き二十五人に渡す御金が二千五百両、残ったお金が一万八七五七両。
命を賭けることになっても、大親分を裏切る気持ちになるには十分な大金だった。
だが、それでも、決断を鈍らせる場所に梅一の隠れ家はあった。
「しかし、こんな場所に隠れ家を持っているとは、梅一は度胸がある」
梅一の隠れ家はとても意表を突く場所にあった。
義賊桜小僧という立場でも、暗殺を引き受ける殺し屋としても、普通なら絶対に借りようとは思わない場所に隠れ家があった。
養父の配下も入り込むには命を賭けなければいけない場所、日本橋茅場町八丁堀に梅一の隠れ家はあったのだ。
もう御用改めは行わなくなっている。
それどころか、長谷部検校の一件が調べられ、南町奉行の牧野大隅守成賢が更迭されることになった。
もう水谷屋敷から盗んだ二万千両を移動させてもいいのだが、慎重な梅一の養父は危険を冒すような事はしない。
代々大盗賊として捕まることなく生き延びてきた彼には、莫大な蓄えがあったので、梅一に渡す二万千両を肩代わりするくらい簡単だった。
養父が心配していたのは、配下の質が昨今低下している事だった。
厳しい掟がある養父の盗賊団に入る事を嫌う人間が増えている。
隙あらば女を犯し、盗み先の家人を殺傷する楽な盗みをしようとする。
養父や古参幹部の目があるから大人しくしているが、目を離すとどのような悪行をしでかすか分からない配下が増えて来ていたのだ。
そんな連中に、梅一の隠れ家や盗人宿を知られるわけにはいかなかった。
そこで養父は、麴町永田町外神田の亀有丁代地にある盗人宿からではなく、自分の盗人宿にある二万千両を梅一の隠れ家に送ることにしたのだ。
しかも差配するのも運ぶのも、養父も梅一も心から信じられる小頭と古参幹部だ。
「小頭も兄貴達もすみません、こんな手間かけさせてしまって」
梅一は兄貴分達に余計な仕事をさせた事を心から詫びていた。
養父の盗人宿の一つに地廻米穀問屋があった。
地廻米穀問屋ならば、関東地方や陸奥国の九カ国に自由に行くことができる。
江戸では登録制になっている大八車も、比較的簡単に所有することができる。
だからこそ今回も、米俵の中に千両箱を入れ、大八車に乗せて運べたのだ。
「なあに、久しぶりに梅一と話しができるんだ。
少々のことは面倒とは思わんよ。
梅一がひとり働きをするようになった気持ちも、俺達には分かっている」
「すみません、小頭、兄貴達」
本当ならゆっくりと酒でも酌み交わしたいところなのだが、養父も兄貴分達も若衆が悪心を起こさないようにするために、密かに梅一の隠れ家に金を運び込んだのだ。
助働き二十五人に渡す御金が二千五百両、残ったお金が一万八七五七両。
命を賭けることになっても、大親分を裏切る気持ちになるには十分な大金だった。
だが、それでも、決断を鈍らせる場所に梅一の隠れ家はあった。
「しかし、こんな場所に隠れ家を持っているとは、梅一は度胸がある」
梅一の隠れ家はとても意表を突く場所にあった。
義賊桜小僧という立場でも、暗殺を引き受ける殺し屋としても、普通なら絶対に借りようとは思わない場所に隠れ家があった。
養父の配下も入り込むには命を賭けなければいけない場所、日本橋茅場町八丁堀に梅一の隠れ家はあったのだ。
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