四代目 豊臣秀勝

克全

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第二章

木下将監

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 木下将監は、秀吉の義理の弟であり、秀長の義理の兄だった。
 秀吉とは直接血の繋がりのない、正室・寧々の甥である羽柴秀俊が、従五位下・侍従の官職を頂いているのだから、秀吉が織田家の足軽組頭の時代から忠誠に励んでいる将監ならば、三好秀次と同じ従三位・中納言の官位を頂いていてもおかしくはなかった。
 それが自称で将監と名乗っているだけで、未だに無位無官の状態だ。
 それ位、秀吉は将監を無視している。
 だが与一郎は、義伯父の将監を心から信頼し、未だに後見人として立ててくれる。
 秀吉が無視するのを補うように、家臣の中でも別格の扱いをしてくれて、国主並みの十五万石の領地を与えてくれている。
 普通なら、与一郎が秀吉に眼を付けられないように、遠慮してもっと少ない石高にしてくべきなのだが、このような日が来ることを予期して、遠慮せずに大領を預かっていた。
 十五万石の領地から得られる富と、小一郎と与一郎から学んだ商人への投資で、歴戦の家臣を多数召し抱えていた。
その兵士の数は、京に駐留している人数だけでも三千七百五十もいた。
表向きは与一郎の護衛役であったり、京屋敷の警備兵であったりすすのだが、実際には秀吉を殺す時の為の兵力だった。
 あれほど将監に辛く当たって来た秀吉なら、将監の復讐を警戒しているのが普通なのだが、秀吉に仕えるようになって二十七年の忍耐が、秀吉から警戒心を奪っていた。
 全ては、秀吉が与一郎を邪魔にしようとした時に、与一郎を秀吉から守るためだった。

「豊臣政権官位序列」
従一位:関白・太政大臣:豊臣秀吉
正二位:内大臣    :木下秀臣(秀吉・甥)
従二位:大納言    :羽柴秀長(秀吉・弟)
正三位:左近衛権中将 :木下秀影(秀吉・甥)
従三位:中納言    :三好秀次(秀臣・庶長子)
従三位:参議     :宇喜多秀家(秀吉・猶子)
従四位下:少将    :滝川一益
従四位下:少将    :前田利家
従四位下:少将    :三好秀勝(秀吉・甥)
従四位下:修理大夫  :蜂須賀正勝
正五位下:帯刀先生  :堀尾吉晴
従五位下:侍従    :織田秀信(織田信長・嫡孫)   
従五位下:侍従    :羽柴秀俊(秀吉正室・甥)
従五位下:侍従    :細川藤孝
従五位下:侍従    :堀秀政
従五位下:侍従    :佐々成政
従五位下:侍従    :蒲生氏郷
従五位下:侍従    :佐久間盛政
従五位下:侍従    :細川忠興
従五位下:侍従    :前田利長(前田利家・嫡男)
従五位下:侍従    :織田長益(織田信長・実弟)
従五位下:侍従    :丹羽長重
従五位下:侍従    :池田輝政
従五位下:侍従    :大友義統
従五位下:侍従    :筒井定次
従五位下:侍従    :森長可
従五位下:侍従    :井伊直政
従五位下:侍従    :京極高次(秀吉側室・実弟)
従五位下:侍従    :木下勝俊(秀吉正室・甥)
従五位下:侍従    :長宗我部元親
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