四代目 豊臣秀勝

克全

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第二章

徳川家康の苦難

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 天正十二年(一五八四年)五月一日、田植えの時期に合わせて、尾張の国衆が三河に侵攻する構えを見せた。
 自分達は農民を動員せず、専業武士や雑兵だけを使って、乱暴狼藉だけを目当てに、徳川方の領地に侵入した。
 刈谷城の水野忠重が、甥の徳川家康を見限り、羽柴方に加わって、尾張の国衆に加わって乱暴狼藉を始めた。
 家名と血統を残し、領民を護るために仕方がない選択だったのだろう。
 だがこれが勝敗の行方を決めた。
 尾張と三河の国境の国衆地侍が、一斉に羽柴家の調略に応じたのだ。
 家康は急ぎ三河・遠江・駿河の国衆地侍を動員し、尾張衆を叩こうとした。
 だがそれは、駿河と遠江の国衆地侍には無理難題でしかなかった。
 与一郎の放った夜盗組や伊賀衆によって、領内を荒らされている国衆地侍には、尾張に兵を出す余裕などなかった。
 しかも田植えの大切な時期に出兵を強要すれば、国衆地侍は領民に背かれ、一揆で殺されてしまう。
 国衆地侍は、そんな無理難題を命じる家康を増悪するようになった。
 だが妻子などの大切な血族を人質に取られているので、逆らうには余程の覚悟が必要だった。
 いや、何が言い訳を作ってやる必要があった。
 与一郎はそこを巧みに突いた。
「おのれ小僧、儂を舐めておるのか」
「やりますな」
「やかましい。敵を褒める前に、対応策を考えんか」
「家を残すのなら、御受けするしかありません」
「駿河と遠江を手放した上に、儂に隠居して人質になれと言うのか」
「家を残す御心算なら、そうするしかありません」
「役立たずが」
「ならば名を残すために、城を枕に討ち死になされますか」
「そんな事はせん。討って出て、死中に活を求める」
「三方ヶ原の時のようにですか」
「おのれ、弥八郎、その口閉じさせてくれる」
 家康は思わず刀に手をかけたが、泰然自若とする本多正信を見て、刀を抜くに抜けなくなったしまった。
「与一郎殿は、殿の助命条件に、三河、遠江、駿河の国衆地侍の人質の解放を求めております」
「うぬぬぬ」
「これを断れば、国衆地侍の心は離れてしまいます。いえ、既に多くの国衆地侍の心は、殿から離れてしまっておりますぞ」
「うぬぬぬ」
 家康が決断出来ないでいる間に、さらに事態を大きく動かす事が起こった。
 松平家の分家、十四松平家の内、家康と反目していたり、家康に冷遇されていたりした家が、田植えが忙しいので軍役を減らして欲しいと、使者を送って来たのだ。
 そして何より、松平家の宗家である松平太郎左衛門家が、大給松平家を離反して、羽柴家に味方すると宣言した。
 これに対して大給松平家の当主・松平家乗は対応を誤った。
 いや、僅か七歳で父を失い、弱冠九歳で当主を務めているのだから、家老や傅役の失策だろう。
 ここは使者を送って慰撫し、徳川家に戻るように説得すべきところを、見せしめに人質を殺してしまったのだ。
 殺してしまったら、もう人質に意味がなくなってしまう。
 家康が離反した国衆地侍を再調略しようと、殺さずにいる事の意味がなくなってしまった。
 これが決定打となり、国衆地侍が雪崩を打って離反した。
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