16 / 103
第一章
秀吉と長秀の闇
しおりを挟む
「父上、大殿は一体何を考えておられるのでしょうか」
「いざと言う時の事を御考えなのだろうな」
「しかし、何故私達なのでしょうか」
「他の家臣にはやらせられない事なのだろう」
「それが分からないのです」
「与一郎。分からないのではなく分かりたくないのであろう」
「それは・・・・・」
「兄者は、味方の裏切りが怖いのだ」
「それは分かります。話に聞く浅井の裏切りや、荒木殿の裏切りを考えれば、退路を確保しておく理由は分かります。ですが何故それが私達であり、全軍が長浜まで引く準備なのですか」
「儂の口から聞きたいと言うのか」
「想像は付いていますが、父上から直接聞きたいのです」
「与一郎も楓から聞いていると思うが、儂も小六殿から聞いておる」
「父上」
「何も兄上が直接手を下すわけではない」
「父上、ですがそれは不忠です」
「戦国乱世とはそう言うモノだ」
「私は納得できません」
「では与一郎が諫言するか」
「それは・・・・・」
「それに、上様が隙を御見せにならない限り、何事も起こらん」
「・・・・・はい」
「家臣の誰が何時謀叛を起こすかは、誰にも分からん」
「・・・・・はい」
「野望に身を焦がし、不忠者になる決断を下すか、忠臣として生き抜くか、命懸けの決断なのだ」
「はい」
「瀬戸際で思いとどまるかも知れぬのに、讒言するような事も出来ん」
「大殿も、野望に身を焦がしておられるのですか」
「そうだ。だから我々に出来るのは、兄者の望みが叶うように、準備しておくことだ」
「退路の宿と兵糧の手配をしておきます」
「武器もだ」
「え。武器もですか」
「一刻でも早く、長浜まで駆け抜ける必要があるなら、武器や防具を投げ捨てて、ひたすら駆けることになる」
「はい」
「どこで留まり、どこで戦いになるか分からん」
「はい。では姫路と出石はもちろん、主だった城に武器と兵糧を入れておきます」
「金に糸目はつけるなよ。一刻の遅れが天下の分け目となり、生死の分かれ目ともなる」
「はい」
「それで高松城の方は大丈夫なのか」
「必要な銭と米は集めました」
「永楽銭六十五万貫文、米は七万石用意しました」
「よくやった」
「将監伯父上と与右衛門、それに大殿の所の石田佐吉が働いてくれました。それにしても、土俵一つに永楽銭百文と米一升は、高すぎる気もします」
「よく覚えておくのだ、与一郎」
「はい」
「何かをなすときは、敵に乗ぜられないように密かに素早く行わねばならん」
「はい」
「それとな、朝倉も武田も、一戦で多くの兵を失えば、立ち直ることが出来ずに滅ぶことになる」
「はい」
「破れて名声が落ちれば、商人も金を貸してはくれぬし、百姓も年貢を納めなくなる」
「はい」
「失った譜代の家臣はもちろん、雑兵すら集まらなくなる」
「はい」
「だから、負けぬ戦いをする必要があるのだ」
「だから銭で戦うのですか」
「そうだ。銭なら才覚一つで幾らでも集めることが出来る」
「それは父上だからです。他の者に出来ることではありません」
「そう思ってくれるのなら、儂から学ぶのだ」
「はい」
「それともう一つ、大切な事がある」
「何でしょう」
「敵に兄者の大きさと豊かさを見せつけるのだ」
「なるほど」
「それでなくとも、毛利に味方している国衆は動揺している。今ここで、兄者が古の秦の水攻めを再現すれば、一気に天秤が傾く」
「ここで戦う事なく、城を水で沈めるだけで、毛利が崩壊するのですね」
「そうだ」
「よくわかりました。ではもう一度手配りが十分か確認してきます」
「うむ。それと、もし姫路にまで戻るのなら、楓殿を見舞うのだぞ」
「しかし、それでは、家臣に公私の示しがつかなくなります」
「羽柴家にとっては、子供が産まれるかどうかもとても大切な事なのだ」
「はい。では行って参ります」
(やれやれ、来真面目過ぎる。だが、兄者の野望が遂げられた時は、与一郎が天下の主となれるかも知れぬ。ここは命を賭ける時だ)
「いざと言う時の事を御考えなのだろうな」
「しかし、何故私達なのでしょうか」
「他の家臣にはやらせられない事なのだろう」
「それが分からないのです」
「与一郎。分からないのではなく分かりたくないのであろう」
「それは・・・・・」
「兄者は、味方の裏切りが怖いのだ」
「それは分かります。話に聞く浅井の裏切りや、荒木殿の裏切りを考えれば、退路を確保しておく理由は分かります。ですが何故それが私達であり、全軍が長浜まで引く準備なのですか」
「儂の口から聞きたいと言うのか」
「想像は付いていますが、父上から直接聞きたいのです」
「与一郎も楓から聞いていると思うが、儂も小六殿から聞いておる」
「父上」
「何も兄上が直接手を下すわけではない」
「父上、ですがそれは不忠です」
「戦国乱世とはそう言うモノだ」
「私は納得できません」
「では与一郎が諫言するか」
「それは・・・・・」
「それに、上様が隙を御見せにならない限り、何事も起こらん」
「・・・・・はい」
「家臣の誰が何時謀叛を起こすかは、誰にも分からん」
「・・・・・はい」
「野望に身を焦がし、不忠者になる決断を下すか、忠臣として生き抜くか、命懸けの決断なのだ」
「はい」
「瀬戸際で思いとどまるかも知れぬのに、讒言するような事も出来ん」
「大殿も、野望に身を焦がしておられるのですか」
「そうだ。だから我々に出来るのは、兄者の望みが叶うように、準備しておくことだ」
「退路の宿と兵糧の手配をしておきます」
「武器もだ」
「え。武器もですか」
「一刻でも早く、長浜まで駆け抜ける必要があるなら、武器や防具を投げ捨てて、ひたすら駆けることになる」
「はい」
「どこで留まり、どこで戦いになるか分からん」
「はい。では姫路と出石はもちろん、主だった城に武器と兵糧を入れておきます」
「金に糸目はつけるなよ。一刻の遅れが天下の分け目となり、生死の分かれ目ともなる」
「はい」
「それで高松城の方は大丈夫なのか」
「必要な銭と米は集めました」
「永楽銭六十五万貫文、米は七万石用意しました」
「よくやった」
「将監伯父上と与右衛門、それに大殿の所の石田佐吉が働いてくれました。それにしても、土俵一つに永楽銭百文と米一升は、高すぎる気もします」
「よく覚えておくのだ、与一郎」
「はい」
「何かをなすときは、敵に乗ぜられないように密かに素早く行わねばならん」
「はい」
「それとな、朝倉も武田も、一戦で多くの兵を失えば、立ち直ることが出来ずに滅ぶことになる」
「はい」
「破れて名声が落ちれば、商人も金を貸してはくれぬし、百姓も年貢を納めなくなる」
「はい」
「失った譜代の家臣はもちろん、雑兵すら集まらなくなる」
「はい」
「だから、負けぬ戦いをする必要があるのだ」
「だから銭で戦うのですか」
「そうだ。銭なら才覚一つで幾らでも集めることが出来る」
「それは父上だからです。他の者に出来ることではありません」
「そう思ってくれるのなら、儂から学ぶのだ」
「はい」
「それともう一つ、大切な事がある」
「何でしょう」
「敵に兄者の大きさと豊かさを見せつけるのだ」
「なるほど」
「それでなくとも、毛利に味方している国衆は動揺している。今ここで、兄者が古の秦の水攻めを再現すれば、一気に天秤が傾く」
「ここで戦う事なく、城を水で沈めるだけで、毛利が崩壊するのですね」
「そうだ」
「よくわかりました。ではもう一度手配りが十分か確認してきます」
「うむ。それと、もし姫路にまで戻るのなら、楓殿を見舞うのだぞ」
「しかし、それでは、家臣に公私の示しがつかなくなります」
「羽柴家にとっては、子供が産まれるかどうかもとても大切な事なのだ」
「はい。では行って参ります」
(やれやれ、来真面目過ぎる。だが、兄者の野望が遂げられた時は、与一郎が天下の主となれるかも知れぬ。ここは命を賭ける時だ)
3
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
徳川家基、不本意!
克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
信長の秘書
にゃんこ先生
歴史・時代
右筆(ゆうひつ)。
それは、武家の秘書役を行う文官のことである。
文章の代筆が本来の職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。
この物語は、とある男が武家に右筆として仕官し、無自覚に主家を動かし、戦国乱世を生き抜く物語である。
などと格好つけてしまいましたが、実際はただのゆる~いお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる