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第一章
誕生
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「頑張るのだ、楓」
「ん、あぁあぁあぁ」
「産婆殿」
「楓さん、いきむんだよ」
「あ、あ、あ、あぅぁぅあぁ」
「楓」
「もう一息だよ」
「おんぎゃぁ、おんぎゃぁ、おんぎゃぁ」
「産まれたぁ」
「与一郎、産まれたのだな」
部屋の外から長秀が声をかけるが、与一郎に返事をする余裕などなかった。
「よくやった、楓」
「殿様。元気な男の子ですよ」
「おい、与一郎。男なのか、男なのだな」
「さあ、抱いておやりなさい」
「おお、元気に乳を吸っておる」
「おい、与一郎。どうなっているのだ」
「父上に話してくる」
「おお、どうであった」
「元気な男の子です」
「おお、そうか、そうか、男の子か」
「はい。楓がやってくれました」
「おう、おう、おう。大手柄じゃ。これで木下家も安泰じゃ」
「はい、父上」
播磨但馬と激しい戦いの中ではあったが、羽柴長秀と木下与一郎勝長親子には、それ以上に大切なことがあった。
蜂須賀小六正勝の隠し子、楓との間に子供が出来たのだ。
無事に男の子が産まれたから、木下家は安泰だ。
例え正室の岩との間に男子が産まれなかったとしても、木下家も小一郎羽柴家も断絶することはない。
「まだ抱けぬのか」
「少々お待ちください。産婆に聞いてきます」
百姓上がりの小一郎羽柴家では、他の由緒正しい武家とは違い、妻の出産に夫が立ち会う事に何の問題もなかった。
だが流石に義父の長秀が立ち会う事は憚られたので、産室の近くでウロウロと歩き回って心配することしかできなかった。
無事に出産が済んだとなれば、今度は待望の初孫を抱きたくて仕方がなくなったのだ。
「産婆殿。父上が亀千代を抱きたいと言っているのだが」
産まれる前から、既に男の子の幼名を考えていた与一郎は、躊躇いもなくその名を呼んだ。
亀のように、万年も生き続けて欲しいと言う、与一郎の願いがこもった名前だった。
「まだ駄目じゃ」
「何で駄目なのだ、産婆殿」
産室の前まで来て、ウロウロソワソワイソイソしていた長秀が、思わず大声だしてしまった。
「大殿も御存知だろう。赤子は父を飲むのと寝るのが仕事じゃ」
「なに。そうか、そうであったな」
「乳を飲んで眠ったら、殿様に抱いて行ってもらうから、ドンと構えておられよ」
「なに、うぅぅぅむ。そうか、そうだな。では頼んだぞ」
「任せなさい」
この時代、特別な地位にある産婆には、十二万石の国主となった長秀であろうと逆らえない。
ある世界の江戸時代では、「お産がある」というと産婆には、大名行列を横切ることをさえ許されていたと言うのだ。
大切な初孫を無事に取り上げてくれた産婆の助言を、長秀には無碍にすることなど出来なかった。
「そうだ、兄者達にも知らせねばならん。いや、小六殿には誰よりも早く知らせねば」
流石の長秀も狼狽していたのか、姫路で首を長くして待っている藤吉郎兄者の事も、志馬比城で毛利と対峙しながら吉報を待っている将監兄者の事も、すっかり忘れてしまっていた。
そして義兄弟となった蜂須賀小六には、更に太い絆が出来たことを知らさなければならなかった。
「ん、あぁあぁあぁ」
「産婆殿」
「楓さん、いきむんだよ」
「あ、あ、あ、あぅぁぅあぁ」
「楓」
「もう一息だよ」
「おんぎゃぁ、おんぎゃぁ、おんぎゃぁ」
「産まれたぁ」
「与一郎、産まれたのだな」
部屋の外から長秀が声をかけるが、与一郎に返事をする余裕などなかった。
「よくやった、楓」
「殿様。元気な男の子ですよ」
「おい、与一郎。男なのか、男なのだな」
「さあ、抱いておやりなさい」
「おお、元気に乳を吸っておる」
「おい、与一郎。どうなっているのだ」
「父上に話してくる」
「おお、どうであった」
「元気な男の子です」
「おお、そうか、そうか、男の子か」
「はい。楓がやってくれました」
「おう、おう、おう。大手柄じゃ。これで木下家も安泰じゃ」
「はい、父上」
播磨但馬と激しい戦いの中ではあったが、羽柴長秀と木下与一郎勝長親子には、それ以上に大切なことがあった。
蜂須賀小六正勝の隠し子、楓との間に子供が出来たのだ。
無事に男の子が産まれたから、木下家は安泰だ。
例え正室の岩との間に男子が産まれなかったとしても、木下家も小一郎羽柴家も断絶することはない。
「まだ抱けぬのか」
「少々お待ちください。産婆に聞いてきます」
百姓上がりの小一郎羽柴家では、他の由緒正しい武家とは違い、妻の出産に夫が立ち会う事に何の問題もなかった。
だが流石に義父の長秀が立ち会う事は憚られたので、産室の近くでウロウロと歩き回って心配することしかできなかった。
無事に出産が済んだとなれば、今度は待望の初孫を抱きたくて仕方がなくなったのだ。
「産婆殿。父上が亀千代を抱きたいと言っているのだが」
産まれる前から、既に男の子の幼名を考えていた与一郎は、躊躇いもなくその名を呼んだ。
亀のように、万年も生き続けて欲しいと言う、与一郎の願いがこもった名前だった。
「まだ駄目じゃ」
「何で駄目なのだ、産婆殿」
産室の前まで来て、ウロウロソワソワイソイソしていた長秀が、思わず大声だしてしまった。
「大殿も御存知だろう。赤子は父を飲むのと寝るのが仕事じゃ」
「なに。そうか、そうであったな」
「乳を飲んで眠ったら、殿様に抱いて行ってもらうから、ドンと構えておられよ」
「なに、うぅぅぅむ。そうか、そうだな。では頼んだぞ」
「任せなさい」
この時代、特別な地位にある産婆には、十二万石の国主となった長秀であろうと逆らえない。
ある世界の江戸時代では、「お産がある」というと産婆には、大名行列を横切ることをさえ許されていたと言うのだ。
大切な初孫を無事に取り上げてくれた産婆の助言を、長秀には無碍にすることなど出来なかった。
「そうだ、兄者達にも知らせねばならん。いや、小六殿には誰よりも早く知らせねば」
流石の長秀も狼狽していたのか、姫路で首を長くして待っている藤吉郎兄者の事も、志馬比城で毛利と対峙しながら吉報を待っている将監兄者の事も、すっかり忘れてしまっていた。
そして義兄弟となった蜂須賀小六には、更に太い絆が出来たことを知らさなければならなかった。
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