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第三章

第70話:交渉人

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 遥か南方にいるから、十分逃げられると思っていたのに、一瞬で強大な炎竜が目の前に現れやがった。

「矮小な人間が余の縄張りで何をしておる!
 近づいたら滅ぼすと言っておいたはずだぞ!」

 怒ってはいるが、いきなり攻撃しないで怒鳴りつける。
 意外と理性的なのかもしれない。

「もしかして伝説の炎竜様ですか?」

「伝説だと、媚び諂う奴は大嫌いだ!」

「そうは申されましても、卑小な人間はどれほど長く生きても百年。
 普通の人間は五十年で死んでしまいます。
 そのような人間にとって、五千年前の事は伝説でございます」

「あ、そうか、そうだな、人間ごときに正確な記録を残せるはずがなかった。
 だがこの地は人間が住めない不毛の地にしておいたはずだぞ!」

「確かに不毛な地ではございましたが、炎竜様に比べて遥かに汚く愚かで弱い人間は、人間同士の争いが多いのです。
 争いに負けた人間は、不毛な地であろうと逃げ込むしかありませんでした。
 炎竜様が人間に滅ぼすと申された五千年前なら誰も近づかなかったでしょうが、二百回以上も世代交代していると、炎竜様の言葉も失われてしまいます」

「ふん、矮小な人間に五千年は長すぎたか。
 だったら改めて言って聞かせてやる。
 ここは余の縄張りだ、今直ぐ出て行け!」

「はい、出て行かせていただきます。
 ただ、教えていただきたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

「なんだと、余に質問だと、人間の分際で不遜だぞ!」

「それが、炎竜様に匹敵する魔力が他にも感じられるのです。
 もしそちらに移住しようとして、仲間が殺されてしまっては悔やみきれません。
 私を見逃してくださるお優しい炎竜様に、何所に逃げればいいのか教えいただきたいのです」

「ふん、飛竜の奴と地竜の奴を言っているのだな」

「東西の山脈の遠く離れた山頂部から感じられる魔力と、東西の山脈の向こう側から感じられる魔力が、飛竜様と地竜様なのですか?」

「そうだ、余が断ち割った山脈の東にいるのが雄の飛竜、西にいるのが雌の飛竜だ。
 東の向こう側にいるのが地竜だが、西にいる奴は誰だ?
 余の知らぬ奴が、いつの間にか地中深くに潜んでやがる」

「私の家族や仲間が炎竜様の縄張りから出て行かせていただくのに、どちらに行けば殺されずにすむのでしょうか?」

「はぁあ、あいつらの考えなど余に分かる訳がないであろう!」

「そうなのですか、だとすると、凶暴な人間たちのいる場所に戻って戦うしかありませんね」

「ちっ、人間の争いほど醜いものはないからな。
 あのような残虐な行為を見るのは二度と御免だ。
 ここから出て、一面焼き払って皆殺しにしてくれようか?」

「炎竜様のような強大な存在が、弱小な人間を滅ぼして愉しいのですか?
 一方的な殺戮が愉しいのですか?」

「ああっ、愉しい訳がなかろう」

「だったら放っておいてくださいませんか?
 ここから外に出なければ、矮小な人間の行いなど分からないのではありませんか?
 愚かな人間が入ってこないように、私と仲間が防いでご覧に入れます」

「……お前と仲間が他の人間が入り込まないようにするだと?」

「はい、炎竜様が作られた山脈の間にある裂け目は、人間たちが竜爪街道と呼んでおりますが、そこに砦を築いて他の人間が入り込まないようにいたします」

「……何か悪巧みをしているのではないか?」

「悪巧みと申しますか、行くところのない私達が安全に住める場所を手に入れたい。
 それだけでございます」

「余の影響を受ける場所では、灼熱の影響で水が枯れるのだ。
 そんな場所に人が住めるというのか?
 そういえば、おまえ、何故余の前で平気なのだ!」

「矮小な人間も、神の祝福で魔法を授かる事がございます。
 その魔法のお陰でございます」

「けっ、性根の腐った人神が!
 最下級神の分際で、人間に手を貸してチヤホヤされやがって!
 下級神や中級神に言って処罰されるようにしてやろうか?」

「人間に魔法を授けているのは最下級の神なのですか?」

「当たり前だろうが。
 まともな神が、人間のような地上の生物と直接かかわろうとするか!
 力が弱すぎて、神々の中では相手にされないから、人間に災害を与えては助けて、チヤホヤとされるように仕向ける性根の腐った奴だ。
 最下級だから人間に近いのか、人間が最下級神に感化されてしまったのか、余は最下級審の影響で人間が邪悪になったと思っているがな」

「炎竜様がそう思ってくださっているのなら、最下級の人神のせいで邪悪になった人間をお助けください。
 炎竜様の慈悲深く誇り高い行いを近くで見させて頂いて、人間が邪悪な人神の影響から逃れ、炎竜様のような気高い存在に成れるように、手本となってください」

「はぁ、面倒臭い事言いやがって、何で人間なんかのために余がそんな事をしなければいけないんだよ?!」

「そうですか、見て見ぬふりをされるのですか、炎竜様はもっと誇り高いと思っていたのですが、残念です」

「あぁあ、余が誇り高くないだと?!」

「人神が人を邪悪にしたのを知っていて、見て見ぬふりをされるのですよね?
 それが誇り高い竜の行いだと申されるのですか?」

「……余を挑発して、利を手に入れようとしているな。
 やはり人間は人神の影響で邪悪になっているな」

「お見通しでございますか」

「当たり前だ、余を誰だと思っている?!」

「仕方ありません、父上と母上が血の汗を流して開拓された地ですが、ここを捨てて他の人間を殺してでも、家臣領民を守らなければいけません」

「余が追い出したら、他の人間を殺して土地を奪うと言うのか?」

「できるだけそのような事をしなくていいように努力しますが、今ここを追い出されてしまったら、春の実りが手に入らず、飢えて死ぬか人から奪うかしかありません」

「本当に人間は邪悪で狡猾だ。
 嘘と真実を混ぜて話しやがる」

「分かりますか」

「ふん、余を舐めるなよ」

「嘘をついているからと、私を殺されますか?」

「ふむ、余と正面から交渉した度胸に免じて殺さずにおいてやる。
 人間が住んでいた痕跡も、ほとんどが余と飛竜の縄張りの間だな。
 よかろう、山脈の裂け目周辺と縄張りの境界線に住む事は許してやる。
 ただし、毎日余が満足するだけの酒を寄こせ」

「お酒でございますか?」

「そうだ、酒だ、酒を寄こすなら、先ほど言った場所に住む事を許してやる」

「炎竜様が満足する酒の質と量が分かりません。
 それを作れるかどうかも分かりません。
 何より最近の人の世は不作と凶作で苦しんでおります。
 酒ができるまでに一年間待って頂けますか?」

「待てん、量は兎も角、今の人の世で手に入る酒を全部持ってこい。
 その質によっては、量が作れるようになるくらいは待ってやろう」

「私は魔法を授かっていますので、ある程度の速さで酒を揃える事ができます。
 ですが私が死んだ後は、地上を這いずる人族の速さでしか集められません。
 その事をご理解願います」

「ガタガタと五月蠅い!
 その程度の事が分からぬ余ではない!
 お前が死んだらグズな人間に合わせてやる。
 だからさっさと酒を持ってこい!」
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