転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全

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第二章

第48話:夫婦喧嘩と礼儀作法

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「さて、どうするべきだと思う?」

 父上が集まった者達に問いかけます。
 家族は俺、母上、アン姉上、ファニ姉上。
 家臣は家宰フラヴィオを始めとした古参重臣八人だけです。

 全員が俺のテレポート能力とゲート能力を知っています。
 最悪の場合はその能力を表に出す事も考慮に入れての問いかけです。

「インマヌエル殿下、正面からの戦争にされるのですか?
 それとも、できる限り政治闘争に抑えられるのですか?」

 フラヴィオが父上を真直ぐに見つめて問いかけます。

「戦争を始めたら、どうしても犠牲者がでる。
 一番苦しむのは最下層の民だ。
 できる事なら政治闘争に納めたい。
 力を表に出すとしても、戦争せずに相手を屈服させる方法にしたい」

 父上もフラヴィオと同じように真直ぐに見て答えられます。
 俺も父上と同じ考えです。
 民を犠牲にしたくないですし、余計な責任も背負いたくないです。

「貴男、どうしてもアンかファニを同行させなければいけないのですか?」

 母上が心配そうに父上に訴えられます。

「俺が行くのかディドに行ってもらうかはまだ決めていないが、二人同時に領地を離れる訳にはいかない。
 どちらかは名代を立てる事になるが、新婚のジュリとヴィイをやる訳にはいかん」

「私では駄目なのですか?
 貴男の名代ならイングルウッド侯王妃として、ディドの名代ならヘレンズ侯王后として参加できるのではありませんか?」

「それは可能なのだが、此方としては政略結婚も考えておきたい」

「以前の話では、危険だから娘は外に出さないと言われてましたよね?
 まさかとは思いますが、ロートリンゲン大公王家から婿を迎える気ですか?!」

「ロートリンゲン大公王家とは限らない。
 今回招待された舞踏会はかなりの規模だと聞いている。
 連邦の有力侯王家だけでなく、大公王家や公王家も参加するだろう。
 その中には我が家の婿に来てもいいという奴もいるだろう」

「人質同然の婿入りを納得するような軟弱者など、アンとファニの婿にはしたくありません!」

「パトリの気持ちは痛いほどわかる。
 私も同じ気持ちだが、招待を受けている以上、完全な無視もできない。
 家族の同行は断れても、代理人くらいは行かせなければならん。
 どうせ行かすのなら、今後の為にも二人に顔を売らせておく。
 言い寄ってくる男が軟弱者かどうかは、俺かディドで見極めるから安心しろ」

 父上と母上が、親らしい争いをされています。
 フラヴィオ達古参重臣は慣れたモノで、黙って話が終わるのを待っています。
 俺も余計な口は挟まずに、夫婦喧嘩に発展しないようにします。

 夫婦喧嘩は犬も食わないので、古参重臣達はずっと黙っています。
 そろそろ出番ですよ視線を送って来なくても分かっています。

 父上と母上がそれぞれの想いを包み隠さず口にして、ある程度スッキリとするのを待って声をかけました。

「父上、母上、僕から提案があるのですが、宜しいですか?」

「なんだ、何か良い案が有るのか?」
「ディドが軟弱者をぶちのめしてくれるのね?」

「母上、父上も申されていたように、できるだけ戦争は避けたいのです。
 農地が荒れるような事になると、昨年のような凶作になってしまいます。
 我が家だけならいいですが、戦争で荒れた国の民まで養わなければいけないとなると、二年連続は苦しいです」

「……そうですね、我が家が係わった戦争で民が飢えるのは見捨てられませんね。
 だったら、やはり、私が行った方がよくなくて?」

「待ってください、母上らしくないですよ。
 アン姉上、ファニ姉上、頼もしくて強くて賢い婿が欲しいですか?
 それとも、姉上達の言い成りになる、気が弱くて大人しい婿が欲しいですか?」

「そんな両極端な事を言われても困るわ。
 強くて賢いのに婿に来るなんて、何か野心があるに決まっているじゃない。
 かと言って、実家の言い成りになって来るような軟弱者も嫌だわ。
 それなりの男性をこの目で選びたいわ」

 アン姉上らしい言い分だと思います。
 ですがまだアン姉上は十三歳に成る前です。
 本当に意味は分かっておられず、父上と母上の言葉をなぞっているだけです。

「私は、できるだけ軟弱者の方が良いわ。
 私の言い成りになってくれる人じゃないと、自由にできないもの」

 ファニ姉上らしい言い分です。
 アン姉上と同じように、自分で言った事の本当の意味は分かっておられません。
 夫婦生活の何たるかなんて、実際に結婚してみなければ分かりません。

 表向きだけは旧教の教えを守らなければいけないからこそ、この世界には夫婦公認の愛人がいるのです。

 ただし、貴族夫人が愛人を持つ場合は大変です。
 公認であろうと妊娠する事は絶対に許されません。
 もし妊娠してしまったら……

 もっと成長されて、本当の恋をされたファニ姉上に守れるでしょうか?
 子供を殺させるわけにはいきませんし、義兄を殺させるわけにもいきません。

「……ファニを行かす訳にはいかないな」
「そうですね、どうしても二人のどちらかを行かせなければいけないのでしたら、アンを行かせた方が良いでしょう」

「えええええ、なんでぇ?」

「「ファニ!」」

「あっ、ごめんさない!」

「パトリ、お前を行かせるとファニの躾が遅れてしまう。
 今回行かせるのはアンにする」

「分かりました、代理はアンでしかたがありません。
 ですが貴男とディドのどちらが行かれるのですか?」

「お前達も忌憚のない考えを言ってくれ」

 父上は改めて古参重臣達に問われました。
 ですが、答えは最初から決まっています。

 最悪の場合を考えれば、テレポートやゲートが使える俺が行くしかありません。
 父上も最初からそれ以外に方法はないと考えておられたでしょう。
 ただ、万が一の考え漏れがないか、俺達に確かめられたのです。

 俺とアン姉上がシルソー大公国に行くことになりました。
 体裁を整えるために本領地から出発しました。
 ロートリンゲン大公王家の治めるシルソー大公国は結構遠いです。

 今はまだ晩春ですが、ほぼ二カ国を縦断しなければいけません。
 帰りに雪に閉じ込められないように、行軍側をあげる必要があります。

 我が家の正使が急いで行路にある家々に先触れしました。
 その直ぐ後を追うように、草食中型亜竜の輓竜と騎竜に守られたアン姉上と俺が、輓竜に牽かれた馬車に乗っている事になっています。

 王侯貴族の館にも砦にも宿屋にも寄らない事になっています。
 亜竜が人を襲わないように野営している事になっています。

 本当は、毎日アン姉上と俺が本領地と馬車を往復するだけでなく、亜竜も護衛も随行人も往復するためです。

「騎士殿、ヘレンズ侯王殿下に取り次いで頂けないだろうか?
 私は王国騎士のホーンブロワーと申します。
 領地に立ち寄っていただけないのは仕方がありませんが、攻めて御尊顔を拝見したいので、どうか謁見を許可していただきたい」

 俺達が素通りしようとしていた領地の騎士が謁見を願い出てきたりします。
 そんな時のために、定期的に行ったり来たりしなければいけないのです。

 普通は騎士でも家族の者を使者に立てるのですが、中には礼儀作法を知らいない、もしくは恐怖の余り無視する者がいるのです。

「使者も立てずにいきなり謁見を願い出るとは無礼千万!
 この馬車にはヘレンズ侯王殿下の姉姫も居られるのだぞ!
 本来ならこの場で斬り捨てて亜竜の餌にする所だが、同じ盟主に仕える者には礼儀を払えと命じられている。
 今回は見逃してやるから、明日もう一度正式な使者を立てられよ。
 礼儀作法を守られるなら、野営地でも謁見がかなうように口添えして差し上げる」

 アン姉上と俺が居る事になっている隊の責任者は、急な謁見願者があれば上手くあしらい、二日後の夜に謁見を許可する事が決まっています。

 夜になる理由は、姉上が身支度をしないままでは王侯貴族に会いたくない、という侯王姫なら当然の言い分です。

 貞操はもちろん、美醜の評判が気になる王侯貴族の娘が、埃臭くなる旅の途中で他家の男性に会いたくないのは当然の事なのです。

「申し訳ございません。
 騎士にあるまじき不作法、幾重にもお詫びさせていただきます。
 ただ、もう二度とないかもしれないヘレンズ侯王殿下との謁見の機会に、我を忘れてしまいました。
 ご厚情を賜りお礼の言葉もございません」

「もう詫びは結構です。
 我が主君は礼儀作法を守る方を避けるようなことはありません。
 とは言え、これ以上騒ぎ立てるのは悪印象が増してしまいますぞ。
 もう何も言わすに立ち去られよ」
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