9 / 58
第1章
第9話:領主
しおりを挟む
天文17年1月17日:三河吉良大浜城:前田慶次15歳視点
「働け、死にたくなければ手を抜くな。
壕と土塁が有るか無いかで生死が分かれるぞ!」
俺が大浜城代となってひと月半の時が過ぎた。
恐れていた松平家からの反撃はなかった。
松平竹千代、後の徳川家康を織田信秀が人質とした。
今川義元との約束、三河を両家で分ける話が反故になってしまった。
織田信秀は本当に惚けてしまったのかもしれない。
これまでは戦略的に有利な状況を大切にしてきたのに、真逆の失策を重ねる。
最前線の城を任された者から見ると、惚けた主君など早く死んでもらいたい!
良い主君がいるなら、織田家からその家に寝返る方が良い。
寝返るとしたら、真っ先に人質になっている妻を取り返すのだが、残念な事に命を
預けられるような相手がいない。
今川義元が酷薄で信用できないのは史実で知っている。
義祖父からも色々と聞かされている。
織田信秀が惚けてしまって、安心して仕えられなくても、せっかく手に入れた城代の地位と預かり地は手放したくない。
大浜城の城代職には、碧海郡の高浜村、志貴庄、大浜村の代官職もついている。
何貫の価値があるのかはまだ分からないが、信長が約束通り支援してくれている。
30人組の長柄足軽を5組も送ってくれた。
足軽の質は最低だが、それは俺が叩き直せばいい事だ。
甲賀から集めた徒士武者を十三人も寄こしてくれた。
騎馬武者もいれば良かったのだが、馬が自前という条件が厳しかったのだろう、一人もいなかった
。
何より、織田信長に仕えようという甲賀衆に優秀な者はいない。
ある程度以上の実力がある者だと、六角家に仕えられるからだ。
名門で力もある六角家に仕えられる者が、織田弾正忠家を選ぶわけがない。
それでも、二流三流でも、甲賀衆の方が足軽よりは何十倍も役に立つ。
「若、高浜村の壕と土塁も大切ですが、吉良家側も警戒しましょう」
荒子の義祖父が新たに送ってくれた、村井又兵衛が言う
俺が大浜城代になったのがよほどうれしかったのだろう。
荒子前田家の譜代家臣や選り抜きの百姓兵を送ってくれた。
奥村次右衛門、吉田長蔵、村井又兵衛、山森吉兵衛、姉崎勘右衛門、山森久次、金岩与次、三輪青馬の八人が俺の側を守ってくれている。
「そうか、領民に賦役を命じるのか?」
「あまり無理をさせたくはありませんが、しかたありません。
領民も城主が変わったのは分かっています、ある程度は諦めるでしょう」
「秋の収穫が減るほど無理はさせたくない」
「分かっております、田畑の様子を見ながらやらせます」
「油ケ淵の土塁は又兵衛に任せる」
「はい、お任せください!」
「若、領民が夜ケ浦で漁をしたいと言っております」
奥村次右衛門が大浜村の代表と共にやって来て言う。
これまでの大浜城は、夜ケ浦の対岸にある成岩城の榎本了圓、長尾城の岩田仲秋、半田城の榊原佐内、飯森城と有脇城の水野信元、亀崎城の稲生政勝と争っていた。
漁の邪魔をする程度では済まず、領民同士が殺し合っていた。
生きる為、少しでも多くの魚を得るために殺し合っていた。
だが今では、同じ織田弾正忠に仕える領民となった。
これまでなら単純に弱肉強食の関係ですんでいた。
強ければ相手から奪い殺せばよかったし、弱ければ奪われ殺されてお終いだった。
だが今では、織田弾正忠家の序列によってやれることが限られてしまう。
「三郎様を通じて話は通してある。
俺も直接挨拶に行って筋は通してある、好きなだけ魚を獲れ」
信長の城代に過ぎない俺は、信秀の直臣である城主よりも格下だ。
本当なら領民が漁をする場合でも、不利な条件でやらなければいけない。
だが大浜城一帯は松平広忠から奪ったばかりで、敵が奪い返しに来る確率が高い。
近隣の国人地侍には、援軍を出すように信長が命令している。
この状態で兵糧を集める漁の邪魔をする事は、敵に利を与える裏切りだ。
密かに内通しているなら別だが、普通は明白な邪魔などしない。
敵ではなくても、信長と反目している林秀貞と仲が良い場合も邪魔するだろうが、荒子の義祖父の話では心配いらないと言う事だった。
信長の評判が高まっているそうだ。
普段の言動は大うつけだが、いざ戦になればとても頼りになる。
譜代の重臣が相手でも引かず、家臣に公平に接すると評判になっているそうだ。
後は新参の俺に対する譜代衆の敵対心だが、荒子の黒鬼とまで評判が高くなっている俺が、頭を下げて援助を求めたので溜飲が下がっているはずだ。
内心は頭を下げたくなかったが、義祖父に強く言われたらしかたがない。
自分の手勢が弱くなるのに、多くの譜代や屈強な百姓兵を送ってくれた義祖父。
その恩と期待を裏切る訳にはいかないので、下げたくない頭を下げた。
大浜城一帯は思っていた以上に豊かだ。
細長い半島の両側が浦と淵になっていて、魚だけでなく貝もたくさん獲れる。
山国では考えられないくらい大きな海老や蟹が獲れる。
そんな魚介類を味噌で煮た汁の美味しさは、言葉にできない。
那古野城の屋敷に残っている妻にも食べさせてやりたいと、心から思う。
「若、船が手に入れば、少数ですが水軍を作れます。
海賊は難しくても、交易で利を得られるかもしれません。
荒子にも材木を頼みますが、甲賀の実家にも頼んでもらえませんか?」
奥村次右衛門の献策はもっともだ。
船、水軍を持っているのと持っていないのとでは、収入が大きく違ってくる。
だが、荒子ならなんとかなるが、甲賀は遠すぎる。
「甲賀から材木を運ぶのは無理だ、川が通じていれば別だが、ここと甲賀は川で結ばれていないから、馬で運ばなければいけなくなる」
「そうですか、甲賀の川上から伊勢に流せれば良いと思ったのですが」
「残念だが、甲賀から運ばせるよりこの辺りで買った方が安く済む。
買うよりも、森の木を切るか敵の家を壊して材木を奪った方がいい」
「このまま順調に兵が増えるのでしたら、福釜城か寺津城を焼き討ちしますか?」
「ああ、その方が俺らしい。
下げたくもない頭を下げた憂さ晴らしは戦しかない!」
「敵襲、吉良が油ケ淵を渡ってきます!」
「働け、死にたくなければ手を抜くな。
壕と土塁が有るか無いかで生死が分かれるぞ!」
俺が大浜城代となってひと月半の時が過ぎた。
恐れていた松平家からの反撃はなかった。
松平竹千代、後の徳川家康を織田信秀が人質とした。
今川義元との約束、三河を両家で分ける話が反故になってしまった。
織田信秀は本当に惚けてしまったのかもしれない。
これまでは戦略的に有利な状況を大切にしてきたのに、真逆の失策を重ねる。
最前線の城を任された者から見ると、惚けた主君など早く死んでもらいたい!
良い主君がいるなら、織田家からその家に寝返る方が良い。
寝返るとしたら、真っ先に人質になっている妻を取り返すのだが、残念な事に命を
預けられるような相手がいない。
今川義元が酷薄で信用できないのは史実で知っている。
義祖父からも色々と聞かされている。
織田信秀が惚けてしまって、安心して仕えられなくても、せっかく手に入れた城代の地位と預かり地は手放したくない。
大浜城の城代職には、碧海郡の高浜村、志貴庄、大浜村の代官職もついている。
何貫の価値があるのかはまだ分からないが、信長が約束通り支援してくれている。
30人組の長柄足軽を5組も送ってくれた。
足軽の質は最低だが、それは俺が叩き直せばいい事だ。
甲賀から集めた徒士武者を十三人も寄こしてくれた。
騎馬武者もいれば良かったのだが、馬が自前という条件が厳しかったのだろう、一人もいなかった
。
何より、織田信長に仕えようという甲賀衆に優秀な者はいない。
ある程度以上の実力がある者だと、六角家に仕えられるからだ。
名門で力もある六角家に仕えられる者が、織田弾正忠家を選ぶわけがない。
それでも、二流三流でも、甲賀衆の方が足軽よりは何十倍も役に立つ。
「若、高浜村の壕と土塁も大切ですが、吉良家側も警戒しましょう」
荒子の義祖父が新たに送ってくれた、村井又兵衛が言う
俺が大浜城代になったのがよほどうれしかったのだろう。
荒子前田家の譜代家臣や選り抜きの百姓兵を送ってくれた。
奥村次右衛門、吉田長蔵、村井又兵衛、山森吉兵衛、姉崎勘右衛門、山森久次、金岩与次、三輪青馬の八人が俺の側を守ってくれている。
「そうか、領民に賦役を命じるのか?」
「あまり無理をさせたくはありませんが、しかたありません。
領民も城主が変わったのは分かっています、ある程度は諦めるでしょう」
「秋の収穫が減るほど無理はさせたくない」
「分かっております、田畑の様子を見ながらやらせます」
「油ケ淵の土塁は又兵衛に任せる」
「はい、お任せください!」
「若、領民が夜ケ浦で漁をしたいと言っております」
奥村次右衛門が大浜村の代表と共にやって来て言う。
これまでの大浜城は、夜ケ浦の対岸にある成岩城の榎本了圓、長尾城の岩田仲秋、半田城の榊原佐内、飯森城と有脇城の水野信元、亀崎城の稲生政勝と争っていた。
漁の邪魔をする程度では済まず、領民同士が殺し合っていた。
生きる為、少しでも多くの魚を得るために殺し合っていた。
だが今では、同じ織田弾正忠に仕える領民となった。
これまでなら単純に弱肉強食の関係ですんでいた。
強ければ相手から奪い殺せばよかったし、弱ければ奪われ殺されてお終いだった。
だが今では、織田弾正忠家の序列によってやれることが限られてしまう。
「三郎様を通じて話は通してある。
俺も直接挨拶に行って筋は通してある、好きなだけ魚を獲れ」
信長の城代に過ぎない俺は、信秀の直臣である城主よりも格下だ。
本当なら領民が漁をする場合でも、不利な条件でやらなければいけない。
だが大浜城一帯は松平広忠から奪ったばかりで、敵が奪い返しに来る確率が高い。
近隣の国人地侍には、援軍を出すように信長が命令している。
この状態で兵糧を集める漁の邪魔をする事は、敵に利を与える裏切りだ。
密かに内通しているなら別だが、普通は明白な邪魔などしない。
敵ではなくても、信長と反目している林秀貞と仲が良い場合も邪魔するだろうが、荒子の義祖父の話では心配いらないと言う事だった。
信長の評判が高まっているそうだ。
普段の言動は大うつけだが、いざ戦になればとても頼りになる。
譜代の重臣が相手でも引かず、家臣に公平に接すると評判になっているそうだ。
後は新参の俺に対する譜代衆の敵対心だが、荒子の黒鬼とまで評判が高くなっている俺が、頭を下げて援助を求めたので溜飲が下がっているはずだ。
内心は頭を下げたくなかったが、義祖父に強く言われたらしかたがない。
自分の手勢が弱くなるのに、多くの譜代や屈強な百姓兵を送ってくれた義祖父。
その恩と期待を裏切る訳にはいかないので、下げたくない頭を下げた。
大浜城一帯は思っていた以上に豊かだ。
細長い半島の両側が浦と淵になっていて、魚だけでなく貝もたくさん獲れる。
山国では考えられないくらい大きな海老や蟹が獲れる。
そんな魚介類を味噌で煮た汁の美味しさは、言葉にできない。
那古野城の屋敷に残っている妻にも食べさせてやりたいと、心から思う。
「若、船が手に入れば、少数ですが水軍を作れます。
海賊は難しくても、交易で利を得られるかもしれません。
荒子にも材木を頼みますが、甲賀の実家にも頼んでもらえませんか?」
奥村次右衛門の献策はもっともだ。
船、水軍を持っているのと持っていないのとでは、収入が大きく違ってくる。
だが、荒子ならなんとかなるが、甲賀は遠すぎる。
「甲賀から材木を運ぶのは無理だ、川が通じていれば別だが、ここと甲賀は川で結ばれていないから、馬で運ばなければいけなくなる」
「そうですか、甲賀の川上から伊勢に流せれば良いと思ったのですが」
「残念だが、甲賀から運ばせるよりこの辺りで買った方が安く済む。
買うよりも、森の木を切るか敵の家を壊して材木を奪った方がいい」
「このまま順調に兵が増えるのでしたら、福釜城か寺津城を焼き討ちしますか?」
「ああ、その方が俺らしい。
下げたくもない頭を下げた憂さ晴らしは戦しかない!」
「敵襲、吉良が油ケ淵を渡ってきます!」
42
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる