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第1章
第6話:初陣1
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天文16年11月18日:三河吉良大浜:前田慶次15歳視点
「父上から大浜の長田が岡崎城に行って留守だとの知らせがあった。
急ぎ攻めて城奪う、我に続け!」
織田信長がそう言って、先頭に立って馬を駆けさせる。
その姿は初陣を迎えるのに相応しい美麗な出で立ちだ。
俺が原因の諍いがある平手政秀だが、何だかんだ言って信長が可愛いようだ。
信長に紅の横筋を入れた美しい頭巾と陣羽織を用意していただけではない。
馬に装備させる鎧にまで紅の横筋を入れて初陣に花を添えようとしている。
「若、この戦、気をつけなければ命を落としかねません!」
義父と義祖父が、俺を支えるために付けたくれた荒子前田家譜代の家臣。
奥村次右衛門が助言してくれる。
「そうだな、三郎様の表情が硬い、罠を疑っておられるのであろう」
「若が物見を志願されるべきです」
「そうだな、黒雲雀の恩を返さないとけない。
それに、敵陣に駆け込む約束を殿で務めたくはない」
「御意」
「殿、三郎様、某は甲賀の出でございます、物見をさせていただきたい」
「無礼者、父上の下知が間違っていると申すか!」
「異な事を申される、奇襲であろうと物見を放つのは兵法の常道。
大殿から長田の留守を奇襲せよ命じられたからと言って、物見を手抜きして良い理由にはなりませんぞ」
「よかろう、先の井ノ口では油断して斉藤の奇襲を許してしまった。
その時に殿を務めて獅子奮迅の働きをした、黒鬼の言葉を無視するのは愚かだな。
分かった、余は余力を残して吉良大浜に向かう。
黒鬼は先に吉良大浜の様子を確かめて来い!」
「三郎様の仰せのままに」
俺は直属の足軽15人と2つの長柄足軽組60人を率いて先行した。
あまり急ぎ過ぎると足軽が脱落してしまうが、後から追いかけて来る信長に追いつかれるわけにもいかない。
「お前達は三郎様に追いつかれないようにしろ。
追いつかれたら手打ちにされるぞ、死ぬ気で追いかけて来い」
俺はそう言って黒雲雀の脚を早めた。
足軽達は義祖父がつけてくれたもう1人の譜代、吉田長蔵が指揮してくれる。
俺に付き従うのは奥村次右衛門ただ1人。
黒雲雀を手に入れて1番にやったのは、黒雲雀の花嫁探しだった。
信長は南部駒の名馬を尾張で増やそうとしていたのだろう。
本当なら扱いやすくなるように去勢しなければいけないのに、種付けができるように金玉を残していた。
俺は義祖父に頼んで安い雌馬を買い集めた。
約束していた足軽連中を召し抱える銭以外、全部使って雌馬を買い集めた。
その御陰で、小柄な尾張の農耕馬だが、多くの雌馬が厩にいる。
だから、奥村次右衛門と吉田長蔵に馬を貸し与えて徒士武者にする事ができた。
550貫の足軽大将なら2人の徒士武者を家臣にしていてもおかしくない。
「やはり待ち伏せされておりましたな」
「ああ、大殿が騙されたのか、敵が内通者に気がついたのか?
どちらにしても奇襲ができない上に敵の方が多い。
吉良大浜に向かう道の森に伏兵まで置かれている」
「全く勝ち目がありませんが、三郎様は引かれないでしょうね?」
「大殿の信望をこれ以上落とす訳にはいかないから、無理をされるだろう。
どのような策を思いつかれるか分からないが、急いで報告してくれ。
俺はもう少し敵の布陣を確かめて、不意を突ける場所が無いか調べる」
「若、無理をされないでください」
「分かっている、こんな所で犬死する気はない」
俺がそう言うと、奥村次右衛門は馬を駆って戻って行った。
吉良大浜は大小の川と複雑な海辺が入り組んだ場所にある。
夜ケ浦を挟んだ西側には知多半島があり、半田城と成岩城が見える。
油ケ淵を挟んだ東側には西尾城と寺津城があるが、少し離れた場所にある。
通り抜けて後ろに回り込めれば、大浜城の背後を奇襲できるのではないか?
背後に回り込むための浅瀬を確かめて戻った。
「ようやく戻ったか、何をしていた?」
敵が伏兵を置いている森を迂回して信長と合流した。
信長は馬鹿じゃないから、伏兵のいる森の手前で待っていた。
「敵の背後に回れる浅瀬を探していました」
「なに、敵の背後に回れるのか?!」
「はい、ここが大浜城、ここが伏兵のいる森とすると、吉良家の西尾城と寺津城がこの辺りになり、ここを通れば誰にも知られず大浜城の背後に出られます」
俺は地面に簡単な図を書いて分かり易く教えた。
「ふむ、敵の背後に回れるなら不利な条件を覆せるかもしれぬ。
敵の数はどれくらいだった?」
「森にいる伏兵、城に残っている兵、合わせて2000は下りません」
「森で待ち構えている兵は何人だ?」
「半数以上、1000余の兵が待ち構えております」
「此方は全員合わせても800少しだ。
敵の背後にある程度の兵を送るとなると、もっと少なくなる」
「三郎様、敵の背後に回るのは俺達だけで良い。
100には届かないが、70以上いる。
三郎様の初陣を飾るだけなら、城を落とす必要はないのだろう?
散々敵を叩いて勝鬨をあげれば十分なのではないか?」
与力の陪臣家に婿に入った他国の若造が大言壮語するのは、信長の傅役筆頭、林秀貞には腹立たしい事なのだろう、嫌な表情で睨みつけやがる。
信長が可愛い平手政秀は、多勢を相手に初陣を勝利で飾れれば十分だと思っているようで、大きく頷いている。
青山与三右衛門は、井ノ口の戦いで俺に命を助けられているから、俺の言葉に大きく頷き認めてくれている。
最後の傅役、内藤勝介は無表情を保っているが、悪い気配はない。
文句を言いたい表情は林秀貞だけだが、信長に死地に行けと言う事もできず、自分以外が賛成なのを察して、苦虫を嚙み潰したよう表情をしている。
「いや、その程度では余の初陣を飾ったとは言えぬ。
黒鬼、今から策を授けるから俺の言った通りにしろ」
「父上から大浜の長田が岡崎城に行って留守だとの知らせがあった。
急ぎ攻めて城奪う、我に続け!」
織田信長がそう言って、先頭に立って馬を駆けさせる。
その姿は初陣を迎えるのに相応しい美麗な出で立ちだ。
俺が原因の諍いがある平手政秀だが、何だかんだ言って信長が可愛いようだ。
信長に紅の横筋を入れた美しい頭巾と陣羽織を用意していただけではない。
馬に装備させる鎧にまで紅の横筋を入れて初陣に花を添えようとしている。
「若、この戦、気をつけなければ命を落としかねません!」
義父と義祖父が、俺を支えるために付けたくれた荒子前田家譜代の家臣。
奥村次右衛門が助言してくれる。
「そうだな、三郎様の表情が硬い、罠を疑っておられるのであろう」
「若が物見を志願されるべきです」
「そうだな、黒雲雀の恩を返さないとけない。
それに、敵陣に駆け込む約束を殿で務めたくはない」
「御意」
「殿、三郎様、某は甲賀の出でございます、物見をさせていただきたい」
「無礼者、父上の下知が間違っていると申すか!」
「異な事を申される、奇襲であろうと物見を放つのは兵法の常道。
大殿から長田の留守を奇襲せよ命じられたからと言って、物見を手抜きして良い理由にはなりませんぞ」
「よかろう、先の井ノ口では油断して斉藤の奇襲を許してしまった。
その時に殿を務めて獅子奮迅の働きをした、黒鬼の言葉を無視するのは愚かだな。
分かった、余は余力を残して吉良大浜に向かう。
黒鬼は先に吉良大浜の様子を確かめて来い!」
「三郎様の仰せのままに」
俺は直属の足軽15人と2つの長柄足軽組60人を率いて先行した。
あまり急ぎ過ぎると足軽が脱落してしまうが、後から追いかけて来る信長に追いつかれるわけにもいかない。
「お前達は三郎様に追いつかれないようにしろ。
追いつかれたら手打ちにされるぞ、死ぬ気で追いかけて来い」
俺はそう言って黒雲雀の脚を早めた。
足軽達は義祖父がつけてくれたもう1人の譜代、吉田長蔵が指揮してくれる。
俺に付き従うのは奥村次右衛門ただ1人。
黒雲雀を手に入れて1番にやったのは、黒雲雀の花嫁探しだった。
信長は南部駒の名馬を尾張で増やそうとしていたのだろう。
本当なら扱いやすくなるように去勢しなければいけないのに、種付けができるように金玉を残していた。
俺は義祖父に頼んで安い雌馬を買い集めた。
約束していた足軽連中を召し抱える銭以外、全部使って雌馬を買い集めた。
その御陰で、小柄な尾張の農耕馬だが、多くの雌馬が厩にいる。
だから、奥村次右衛門と吉田長蔵に馬を貸し与えて徒士武者にする事ができた。
550貫の足軽大将なら2人の徒士武者を家臣にしていてもおかしくない。
「やはり待ち伏せされておりましたな」
「ああ、大殿が騙されたのか、敵が内通者に気がついたのか?
どちらにしても奇襲ができない上に敵の方が多い。
吉良大浜に向かう道の森に伏兵まで置かれている」
「全く勝ち目がありませんが、三郎様は引かれないでしょうね?」
「大殿の信望をこれ以上落とす訳にはいかないから、無理をされるだろう。
どのような策を思いつかれるか分からないが、急いで報告してくれ。
俺はもう少し敵の布陣を確かめて、不意を突ける場所が無いか調べる」
「若、無理をされないでください」
「分かっている、こんな所で犬死する気はない」
俺がそう言うと、奥村次右衛門は馬を駆って戻って行った。
吉良大浜は大小の川と複雑な海辺が入り組んだ場所にある。
夜ケ浦を挟んだ西側には知多半島があり、半田城と成岩城が見える。
油ケ淵を挟んだ東側には西尾城と寺津城があるが、少し離れた場所にある。
通り抜けて後ろに回り込めれば、大浜城の背後を奇襲できるのではないか?
背後に回り込むための浅瀬を確かめて戻った。
「ようやく戻ったか、何をしていた?」
敵が伏兵を置いている森を迂回して信長と合流した。
信長は馬鹿じゃないから、伏兵のいる森の手前で待っていた。
「敵の背後に回れる浅瀬を探していました」
「なに、敵の背後に回れるのか?!」
「はい、ここが大浜城、ここが伏兵のいる森とすると、吉良家の西尾城と寺津城がこの辺りになり、ここを通れば誰にも知られず大浜城の背後に出られます」
俺は地面に簡単な図を書いて分かり易く教えた。
「ふむ、敵の背後に回れるなら不利な条件を覆せるかもしれぬ。
敵の数はどれくらいだった?」
「森にいる伏兵、城に残っている兵、合わせて2000は下りません」
「森で待ち構えている兵は何人だ?」
「半数以上、1000余の兵が待ち構えております」
「此方は全員合わせても800少しだ。
敵の背後にある程度の兵を送るとなると、もっと少なくなる」
「三郎様、敵の背後に回るのは俺達だけで良い。
100には届かないが、70以上いる。
三郎様の初陣を飾るだけなら、城を落とす必要はないのだろう?
散々敵を叩いて勝鬨をあげれば十分なのではないか?」
与力の陪臣家に婿に入った他国の若造が大言壮語するのは、信長の傅役筆頭、林秀貞には腹立たしい事なのだろう、嫌な表情で睨みつけやがる。
信長が可愛い平手政秀は、多勢を相手に初陣を勝利で飾れれば十分だと思っているようで、大きく頷いている。
青山与三右衛門は、井ノ口の戦いで俺に命を助けられているから、俺の言葉に大きく頷き認めてくれている。
最後の傅役、内藤勝介は無表情を保っているが、悪い気配はない。
文句を言いたい表情は林秀貞だけだが、信長に死地に行けと言う事もできず、自分以外が賛成なのを察して、苦虫を嚙み潰したよう表情をしている。
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