23 / 38
第2章
第23話:ボランティア
しおりを挟む ベタウン子爵の居城には、大浴場があって、しかも源泉掛け流しだった。
いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。
入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。
「かんぱーい!」
副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。
「うめえ!」
肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。
「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」
酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。
「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
俺も、横からファツィオに肉を勧めた。
「ファツィオ様。塩漬け肉の炙りを、どうぞ」
三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。
「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」
「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」
「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」
隊長が美形だと、部下も苦労する。
一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。
先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。
これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。
「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」
ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
俺も一応、主を庇う体で、戸口から中を見渡す。
「いやっ。何するのよっ!」
エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。
「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」
侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。
「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」
「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」
その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。
「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」
侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。
「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」
「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」
「そ、それだけは勘弁」
「口を閉じてカシルダ」
エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。
「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」
「かしこまりました」
使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。
俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。
「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」
一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色ない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
怪しい物は、見つからなかった。
「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」
「え?」
てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。
部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。
「ユリアの部屋は、ここ」
開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。
「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」
エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。
「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」
「わかった」
エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。
「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」
「薬、仕込んでいないよね?」
「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」
王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
三人でテーブルを囲む。
「ちょっと」
ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石にないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。
「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」
「いや、その必要はない」
エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。
「ところで、さっきの侍女は何なの?」
「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」
「‥‥箔付けだな」
エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。
「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」
「そうなんだよ」
俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。
「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」
と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。
「お前、エイリーク様とここに住まないか?」
「様は要らぬ」
エイリークが突っ込む。
「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」
思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。
「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」
「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」
使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
とエイリークを見て、どきりとした。
グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。
「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」
意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。
「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」
「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」
エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。
「ユリアの部屋は、あっち」
「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」
それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。
「僕も」
二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。
「ちなみに」
扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。
「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」
以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。
悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。
気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑的に煌めく。
「改めて、体の相性確かめておく?」
「私を満足させられるかってこと?」
あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。
「生意気な」
吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。
「ああっ。そこはダメッ」
「エイリーク様が起きるぞ」
声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。
入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。
「かんぱーい!」
副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。
「うめえ!」
肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。
「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」
酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。
「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」
「自分で食べます」
俺も、横からファツィオに肉を勧めた。
「ファツィオ様。塩漬け肉の炙りを、どうぞ」
三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。
「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」
「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」
「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」
隊長が美形だと、部下も苦労する。
一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。
先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。
これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。
「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」
ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
俺も一応、主を庇う体で、戸口から中を見渡す。
「いやっ。何するのよっ!」
エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。
「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」
侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。
「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」
「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」
その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。
「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」
侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。
「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」
「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」
「そ、それだけは勘弁」
「口を閉じてカシルダ」
エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。
「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」
「かしこまりました」
使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。
俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。
「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」
一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色ない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
怪しい物は、見つからなかった。
「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」
「え?」
てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。
部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。
「ユリアの部屋は、ここ」
開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。
「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」
エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。
「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」
「わかった」
エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。
「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」
「薬、仕込んでいないよね?」
「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」
王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
三人でテーブルを囲む。
「ちょっと」
ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石にないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。
「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」
「いや、その必要はない」
エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。
「どうぞ」
グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。
「ところで、さっきの侍女は何なの?」
「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」
「‥‥箔付けだな」
エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。
「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」
「そうなんだよ」
俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。
「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」
と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。
「お前、エイリーク様とここに住まないか?」
「様は要らぬ」
エイリークが突っ込む。
「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」
思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。
「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」
「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」
使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
とエイリークを見て、どきりとした。
グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。
「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」
意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。
「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」
「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」
エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。
「ユリアの部屋は、あっち」
「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」
それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。
「僕も」
二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。
「ちなみに」
扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。
「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」
以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。
悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。
気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑的に煌めく。
「改めて、体の相性確かめておく?」
「私を満足させられるかってこと?」
あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。
「生意気な」
吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。
「ああっ。そこはダメッ」
「エイリーク様が起きるぞ」
声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
57
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説

収納大魔導士と呼ばれたい少年
カタナヅキ
ファンタジー
収納魔術師は異空間に繋がる出入口を作り出し、あらゆる物体を取り込むことができる。但し、他の魔術師と違って彼等が扱える魔法は一つに限られ、戦闘面での活躍は期待できない――それが一般常識だった。だが、一人の少年が収納魔法を極めた事で常識は覆される。
「収納魔術師だって戦えるんだよ」
戦闘には不向きと思われていた収納魔法を利用し、少年は世間の収納魔術師の常識を一変させる伝説を次々と作り出す――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~
いとうヒンジ
ファンタジー
ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。
理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。
パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。
友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。
その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。
カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。
キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。
最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる