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第2章

第18話:ゴーストライター

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 九州某県に来てからは、ビックリするくらい穏やかな日々が送れた。
 リョクリュウを助けてからは怒涛の毎日だったが、全く違う日々だった。
 もうこのままここで暮らしたいと思ってしまうくらい、幸せな日々だった。

 刺客も盗撮者も来ないので、毎夜リョクリュウが遊びに来る。
 俺が起きている間にやってきてネットを楽しみ、先に寝た俺を起こして山に帰る。
 徐々に言葉が流暢になっていくのが分かる。

 ただ、来るようになって2日目でパソコンの音声入力をしなくなった。
 以前買った巨大キーボードが使えるようになったので、音声入力よりも巨大キーボードの方が使い勝手が良いからだ。

 200%のとても大きいキーボードだが、頭から尻尾まで10メートルを超えるようになったリョクリュウでは、流石にそのままでは使えない。

 だが、リョクリュウは俺よりもずっと賢い、解決方法を見つけた。
 ガントレットと指し棒をネット購入して、自分の爪に付けやがった。
 上手く嵌められるように整えたのは俺だが、考えついたのはリョクリュウだ。

 熟練入力者のように、10本の付け爪を駆使して操作する事はできない。
 片手に付けたガントレット刺し棒の付け爪を、1本だけ使っての入力だ。
 それでも、音声入力するよりは早く使えるそうだ。

 リョクリュウが毎晩山から下りてくるようになって5日目に、注文していたオーニングテントが届いた。

 テントもアルミ支柱も届いたが、取り付けは自分達でやらないといけない。
 不器用な上に、働きたくない病を長年患っている俺に組み立てられるわけがない。
 もちろん、巨大すぎるリョクリュウにも組み立てられない。

 生まれ育った故郷なら知り合いの大工さんがいる。
 腕の良い大工さんの知り合いがいなかったとしても、親戚知人に話せば大工さんを手配してくれる。

 だが住み初めて7日しか経っていないここでは、腕の良い大工さんはもちろん、頼れる親戚も知人もいないので、唯一の知り合いに頼るしかない。

 この借家を契約した不動産会社に頼むか、不動産会社の親切な担当者が縁を繋いでくれた、区長さんに頼むかだ。

 どちらに頼むか、少しだけ迷った。
 不動産会社なら取引関係にある工務店や大工さんがいる。
 仲介料は必要だろうが、プロに頼った方が安心だ。

 だが、ここに永住する心算なら、隣近所との付き合いが大切だ。
 区長さんに大工さんを紹介してもらった方が、土地に馴染めるかもしれない。
 腕は別にして、地区に大工さんが住んでいる可能性もある。

 その人を無視して他地区の大工さんに仕事を頼んだら、地区内での評判が悪くなるかもしれないので、少しだけ迷った。

 優先順位は、ここに引き籠もって穏やかに暮らす事が1番だった。
 議員を辞めた後で、ここに永住する前提で考えないといけない。
 だから区長さんに、地区内に大工がいるなら紹介して欲しいと頼んだ。

 案の定というべきか、セミリタイア状態の大工さんがいた。
 大掛かりな大工仕事はしなくなったが、地区の細々な仕事は受けている、独り親方状態になっている老齢の大工さんがいた。

 その大工さんを親方に、基礎のコンクリートを造る型枠大工さん、見習代わりの手伝いに、地区の老人を4人雇って、オーニングテント5つを組み立ててもらった。

 基礎といってもオーニングテントのアルミ支柱を埋め込むだけだ。
 一面コンクリートにするべタ基礎も考えたが、リョクリュウに話したら地面は軟らかな土が良いというので、普通よりはかなり深く大きくはしたが、束石基礎にした。

 基礎にするコンクリートを型枠に流して固まるまで、養生期間として5日空けてからテントを張って完成させた。

 コンクリート代金は別だが、人件費は安く済んだ、と思う。
 大工と基礎の親方2人の日当が2万円で、見習4人の日当が8000円で、合計14万4000円なら安い、と思う。

 完成したオーニングテントの下は、リョクリュウのお気に入り場所になった。
 実際に組み立ててみると、見積までに想像していたのと違った。

 基礎を高くしたのもあり間口8m×奥行20m×高さ6mの大空間になった。
 もっと狭いと思っていたが、広々としていた。

 リョクリュウは山側の間口8mから入ってくる。
 奥行は20mだが、左右の外側は4mごとに2本の支柱がある。
 リョクリュウも気に入ってくれたようで、寛いでいるように見える。

 山に戻る時は、中で身体を回しても好いし、少し狭く見えるが、4mの幅から出て行く事もできるので、使い勝手も良いようだ。

 家の外部電源をかたテントの下にまで電気を引いて、新しく買ったデスクトップパソコンと75型スマートテレビを置いて、リョクリュウが自由に使えるようにした。
 常設したデスクトップパソコンを使って毎日ネットサーフィンしている。

 ちょっとだけ腹が立つのは、俺の名前を使って小説を投稿し始めた事だ。
 自分の名前でやれと言ったのだが……リョクリュウに言われてしまった。

「キヨシの投稿頻度が遅いのが悪いのだ。
 このオーニングテントを建てるのに結構な金を使ったのだろう?
 この借家も買い取ってもらわないといけない。
 借りを作るのは嫌だ、キヨシの名前で投稿して金を返す」

 あっという間に流暢になった日本語で言い返された。
 だが、俺にも言いたいことは山ほどある。

「リョクリュウは命の恩人だ、テント代くらい安い物だ。
 借家だって元々買い取るつもりだったんだ。
 上手く地域に溶け込めないかもしれないから、お試し期間を設けただけだ。
 何より問題なのは、リョクリュウのやっている事は、ゴーストライターだ。
 他人の小説を自分の小説のように偽って出すのは、恥ずべき行為だ」

「ふむ、それは申し訳なかった、だが、それほど悪い事なのか?」

「悪いか悪くないかはケースバイケースだが、俺は好きじゃない。
 できるだけ早く取り下げてくれ」

「やった事は謝るが、取り下げる気はない。
 投稿した小説は、キヨシの作風をコピーした物だ。
 ずっと支援してくれていた人も、何の疑いもなくキヨシの作品だと思っている。
 それに、有料の電子書籍にした訳ではない、無料のサイトに投稿しただけだ」

「それでも嫌なものは嫌なんだ」

「そうか……キヨシは出版者登録していると言っていたな?」

「ああ、出版者登録して図書コードを買い取っている」

「俺の書いた小説をキヨシが売ってくれ。
 その中から、この家を買う金とオーニングテントの金を取ってくれ」

「……そんな事をしたら、税務処理が色々と面倒になる……
 日本人どころか、人間でもないリョクリュウから金を受け取って、税務処理をしなければいけなくなる……」

「我の事がバレたら、自衛隊がやってくるかもしれないのだろう?
 どうする、キヨシに借りを作るくらいなら、自衛隊と戦うぞ」

「やめてくれ!
 リョクリュウが死ぬのも嫌だが、何の関係もない自衛隊員が殺されるも嫌だ。
 ……分かった、ゴーストライターのままで良い。
 税金は間違いなく払うから、問題は俺の良心だけだ」

「割り切れたのなら早く寝ろ、明日は早いのだろう?」

「言われなくても寝る、ガタガタ言うな」
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