上 下
8 / 38
第1章

第8話:安寧の日々

しおりを挟む
 鴉に勝手口と小窓のガラスを割られて3カ月が過ぎた。
 家の前に鴉が現れる事がなくなり、家の前の道を人が歩くようになった。
 回覧板にカラス注意と書かれなくなり、近所の人が戻ってきた。

 ただ、東隣の山田さん一家は戻って来なかった。
 元々婿養子に入ると聞いてはいたが、山中が不便だから下に家を買ったはずだ。
 俺がリョクリュウを助けた事で、山田さん一家の人生設計が狂ってしまった。

 申し訳なくて胸が痛むが、悪夢は見なかった。
 家の外、道を歩く人の噂話を総合すると、傷跡の残るケガはなかった。
 お爺さんがケガした事で、同居する踏ん切りがついたそうだ。

 近所の建具屋さんに頼んで、鴉に壊された勝手口と小窓を修理した。
 元通りにしたのではなく、以前よりも丈夫な防災安全合わせ複層ガラスにした。
 更に全ての小窓勝手口に、金属シャッターをつけるか面格子をつけた。

 そこそこお金が必要だったが、収入が増えたのでどうにかなった。
 テレビ局や動物愛護団体の件で応援してくれる人ができて、インセンティブがもらえる小説を読んでくれるようになった。

 今までは3万円しか稼げない月が多かったが、今では常に30万円前後読んでもらえるようになっていた。
 
 買ってくれとは言い難いが、アクセスしてページをめくってくれというだけなら、罪悪感無しに御願いできた。

 ページをめくってくれる人も、小説の内容が好きだとか面白いからではなく、支援のためにめくってくれているだけだ。

 正直に毎月幾らインセンティブをもらえたのか報告している。
 毎日のPV数も分かる範囲で全部報告している。
 動画投稿の再生回数も正確に報告している。

 修理の終った勝手口と小窓の映像も投稿した。
 ただ、鍵のシリアルナンバーは映らないように気を付けた。
 悪い人間に知られてしまったら、簡単に合いカギを作られてしまう。

 鴉に関しては、まだ警戒している。
 1羽でも残っていて、恨み続けている可能性がある。
 油断して、頭に穴を開けられて死ぬのは嫌だ。

 だから、今も必要な物は全てネットスーパーとECサイトで買っている。
 業務用の格安スーパーよりはずっと高いが、買い物に行かない分小説が書ける。
 小説が書ければ、支援してくれる人たちがページをめくってくれる。

 最近では、ページをめくる支援者だけでなく、内容を読んでくれる人も増えた。
 初動が安定して、必ずランキングに入るようになった。
 商業書籍化は無理だが、自分で設立した出版社で電子書籍にはできる。

 電子書籍だけでなく、PODでよければ、金銭的負担なく出版できる。
 完全な注文出版だから、データを登録するだけで良い。
 出版者登録して図書コードも買っているから、国立国会図書館に納本も可能だ。

 電子書籍だと納本の対価をもらえないが、PODなら、15部売れたら納入出版物代償金として定価の5割と送料がもらえる。

 個人的には納入出版物代償金など不要だ。
 自分が書いた小説を、国立国会図書館に保管して頂けるだけで幸福だ。

 欲を言えば、1冊も売れないよりは、15冊売れて納本対象になりたい。
 お金の問題ではなく、自尊心の問題で納本対象になりたい。

 色々あったが、嫌な事も申し訳ない事も色々あったが、状況は良くなっている。
 リョクリュウを助けた頃は、長生きしたら金銭的に詰むと思っていた。
 貯金とインセンティブだけでは、70歳までに金がなくなる状態だった。

 最悪の場合は、自宅を担保に公的融資を受ける気だった。
 金銭的に追い込まれて自宅を売る事になったら買い叩かれる。
 そもそも直ぐに売れるとは限らない。

 だが、生活福祉資金貸付制度の中には、不動産担保型生活資金というモノがある。
 高齢者世帯が自宅を担保にお金を借りられる制度だ。
 自宅に住みながら融資を受けられるが、少し厳しい審査基準がある。
 
 マンションは対象外で、担保となる不動産に5年以上居住している事。
 評価額が1000万円くらいある事。
 将来に渡ってその不動産に住む気がある事。
 不動産に賃借権や抵当権が設定されていない事。
 配偶者と親以外に同居人がいない事。
 世帯の構成員が原則65歳以上である事。
 世帯が市町村民税非課税か均等割課税の低所所得世帯である事。

 貸付限度額は、不動産土地評価額の70%まで。
 貸付額は1カ月当たり30万円以内。
 貸付期間は、貸付限度額に達するまでか、借り受け人の死亡まで。
 貸付け契約の終了後、3カ月の据え置き期間後に一括償還する事。
 貸付利息は年3%か銀行長期最優遇貸付金利のどちらか安い方。
 推定相続人の中から連帯保証人を1人選任して、居住する不動産に根抵当権を設定する事。
 
 手続きに必要な費用、不動産の評価をしてもらう費用、債権を保全するための各種手続き費用は必要だが、1人自宅で死んでいく身には丁度いい制度だった。
 審査期間が長くなるかもしれないので、余裕をもって申し込む予定だった。

 だが、支援してくれる人、応援してくれる人が現れたので、不要になった。
 金銭的な心配が全く無くなり、心がとても軽くなった。
 ただ、心配事が何も無くなった訳ではない。

 鴉の件も完全に安心できたわけではない、リョクリュウが夜の散歩を止めない。
 外を出歩く人がいなくなったのを見計らって、玄関を開けろという。
 朝も新聞配達の合間を縫って戻って来る。

「なあ、いいかげん散歩を止めないか?
 ネットには最大で180cmくらいと書いてあったのに、もう3メートルはある。
 誰かに見つかったら大騒動になるぞ」

 出歩かないようにお願いしたが、無視された。
 まだ鴉の生き残りがいて、戦ってくれているのなら、邪魔できない。
 内心では散歩したいだけなのではないかと思っているが、強く言えない。

 不安は口にしていたが、内心ではそれほど心配していなかった。
 リョクリュウなら人間に見つかるような、へまはしないと思っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。 え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

処理中です...