上 下
3 / 38
第1章

第3話:襲撃

しおりを挟む
 恐怖の余り家の中に戻ろうとしたが、買い物に行かないと生鮮野菜がない。
 俺だけなら冷凍食材や卵だけで十分だが、グリーンイグアナの食べる物がない。
 仕方がないので、自転車用のヘルメットを信じて駐輪場所に移動した。

 玄関から駐輪場所にしている所までは、母親のために造ったスロープを使って大回りする時もあれば、手すりを潜って最短距離で移動する時もある。

 今回は、手すりの下をくぐって駐輪場所に移動した。
 そうすれば数歩で自転車の所まで行ける。
 一瞬鴉たちから目を離したが、襲ってはこなかった。

 だが、目を離した時に、思いっきり怖い想像をしてしまった。
 後頭部を鴉に突かれ死んでいる自分の姿を想像してしまった。
 鴉を警戒しつつ自転車のロックを解除して乗る。

 自宅駐車場の前を通っている、道路に立っている電柱に陣取る鴉たち。
 整骨院をしていた平屋プレハブの屋根、右側に陣取る鴉たち。
 二階建ての隣家、左側に陣取る鴉たち。

 俺が自転車をこいで道に出たとたん、一斉に飛び立ちやがった。

「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」」」」」

 俺がこぎ進むのをつけ回すように上空を旋回する。
 単なる脅しなのか、隙を見つけて襲ってくる気なのか?
 武器になる刃物なんて持ち歩けないから、警官に言い訳できるステッキしかない。

 自分が使っていた登山用ステッキは昨日失ってしまったので、母が生前使っていた足の不自由な人用のステッキを、自転車の前かごに入れてある。

 恐ろしい殺気を感じて、わざと自転車を倒して身を低くした。
 視界の片隅を鴉が通り抜ける、あの勢いで突かれたら確実に死ぬ。
 殺す気で、背後から頭を狙って急降下してきたのは明らかだ。

 俺の家の周囲は鴉の縄張りではないし、鴉が攻撃的になる子育て季節でもない。
 明らかに昨日の恨みを晴らすために襲い掛かっている。
 何度も鴉の襲撃から逃げられとは思えない。

 自転車から下りて、左手で押しながら自宅に戻る。
 右手には母の形見となったステッキを持ち、鴉を殺す覚悟を固める。
 相手が俺を殺す気ならば、遠慮なく返り討ちにしてやる!

 表向きは自信満々に振舞いながら、内心ではガタガタ震えていた。
 1羽でも恐ろしい鴉が30羽以上いるのだから、ビビるのが当然だ。
 ステッキを警戒したのか、鴉は二度と襲ってこなかった。

 襲ってはこなかったが、恨みを忘れてはいなかった。
 俺の移動する上空を旋回して、隙を狙い続けていた。
 家に入ってから何度か確認したが、玄関と勝手口の両方を見張っていやがった。

 兵糧攻めをするほど賢いとは思えないが、現実問題として買い物に行けない。
 自分だけなら、不経済に目を瞑ってずっと出前で済ます事もできるが、グリーンイグアナの生鮮野菜は店屋物では手に入らない。

 時々冷凍肉を10キロ単位で買っているECサイトでも生鮮野菜は買えるが、自宅に配達されるのに数日かかってしまう。

 仕方がないので、これまでは不経済だから使わなかったネットスーパーを利用する事にした。

 見切り品などは買えないし、店頭価格よりも高いのだが、頭を鴉に突かれて大穴が開くよりは、ちょっと高い買い物をする方がいい。
 問題は、俺の住んでいる住所を配送範囲にしているネットスーパーがあるかだ。

 幸いな事に、俺の家が配送範囲になっているネットスーパーがあった。
 グリーンイグアナには小松菜とチンゲン菜が良いとネットに書いてあったが、同時に高いとも書いてあり、経済的に飼うなら大根の葉かもやしが良いと書いてあった。

 大根の葉だけは買えないので、もやしを主食にして飼う事にした。
 自分が食べる分も考えて、小松菜とチンゲン菜、大根とキャベツ、レタスとセロリ、トマトと胡瓜、大量のもやしを買った。

 生鮮野菜を食べない場合や、ネットスーパーの配送範囲をから外れてしまう事も考えて、ECサイトでイグアナフードも注文しておいた。

 食材を買いに回る時間が減った分、小説を読んで書いて投稿する時間が増える。
 万年書籍化できない二流の投稿者だが、数多く投稿していると、月に3万円から20万円は稼げるようになる。

 1日に1話余分に書ければ、それが10円になる事もあれば、1000円になる事も有るので、身体や心に問題がない時は書けるだけ書く。

 1話書いて集中が途切れる度に、外を見て鴉の様子を確かめる。
 小窓を少しだけ開けて確かめる度に、鴉と視線が合う。
 執念深く狙っているのだろうが、何故小窓を破壊しないのだろう?

 大きな窓は金属のシャッターを降ろしているから、攻撃しないのは分かる。
 だが小窓には金属シャッターがない、割ろうと思えば簡単にガラスを割れる。
 ガラスの破片で自分がケガをする事を警戒しているのだろうか?

 ネットスーパーとECサイトで買い物ができるなら、割高なのを除けば、基本引きこもっている俺には何の実害もない。

 足腰が弱るのだけは問題だが、本当に心配ならば家の中で身体を動かせばいいだけなので、それほど悲壮感はなかった。

 ただ、鴉が業を煮やして小窓を壊した時が問題だった。
 全ての小窓を何度も割られてしまったら、引き籠り用に貯めた貯金など直ぐになくなってしまう。

 そんな最悪の場合に備えて、市役所などの害獣害鳥駆除を調べてみた。
 困った事に、地元の市役所では駆除してくれないとあった。
 害虫薬は配布してくれるが、虫はもちろん獣も鳥も駆除してくれない。

「御注文の品を御届に参りました」

 夕方になって、朝注文した食材が届いたが、配送の人の挙動がおかしい。
 まあ、家の周囲を鴉に取り囲まれているのだからしかたがない。
 
 食材を受け取って、グリーンイグアナに与える分だけ一階浴室に置いた。
 自分で買いに行く時よりも量が多いので、一階と二階の冷蔵庫に分けて入れる。
 
 朝よりも落ち着いていられるのは、ネットで調べた鴉駆除の費用が、思っていたよりも安かったからだ。

 大体の業者が2万円前後だったが、最も興味を持った鷹匠による駆除が、交通費別で月8回、期間が3カ月から6カ月で30万円だった。
 静岡に会社が有るので、交通費を考えるととても頼めない。

 そこで自分で鷹や鷲を飼えないか調べてみた。
 ハリスホークで20万円から25万円、大鷹の40万から50万までなら買えるが、自分でちゃんと御世話できそうになかった。

 猫だとカラスに襲われるだけだが、犬ならカラスも恐れて逃げるかと思ったら、子育て時期には大型犬が相手でも襲うと書いてあった。
 まして相手は鴉だ、犬猫では追い払えないのが分かった。

「うっわ、何でここにいる?!」

 悪い癖が出て、熱中して色々調べていた。
 ひと通り調べて冷めたインスタントコーヒーに手をやると、視界の端にグリーンイグアナが入り、椅子から飛び上がりそうになるくらい驚いた!

 俺を襲う気で背後から近づいたのかと恐怖したが、そんな殺気はなかった。
 グリーンイグアナは俺の事など全く気にしておらず、モニターをじっと見ている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。 え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

処理中です...